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バイアス教育と心理学のブログ

『正常性バイアス』と『異常性バイアス』の定義を分かりやすく解説

「映画やアニメなどで、災害が起こったときに、人々がパニックを起こして逃げ惑うシーンを見かけることがあると思います。

実はそのイメージ、間違っています。

現実世界では、人は災害時にも意外と冷静さを保っていると言われています。

その原因が『正常性バイアス(バイアス:偏り)』です。

本記事では、正常性バイアスの定義や実例、それにまつわる異常性バイアスオオカミ少年効果居眠り羊飼い効果多数派同調バイアスなどをわかりやすく解説していきます。

 

まずは、用語まとめからご覧ください

◇ 要点まとめ解説! ◇
正常性バイアス(Normalcy bias)
災害の大きさや発生確率を過小評価する心理傾向
異常性バイアス(Abnormalcy bias)
災害時に人々がパニック等を起こすのではないかと、過度に心配する心理傾向
オオカミ少年効果(Cry Wolf effect)
予期された災害が来なかった場合、次の災害のときへの心理的な備えが甘くなる現象
正常性バイアスが強まるとも言われている)
居眠り羊飼い効果(Slept-shepherd effect)
オオカミ少年効果に陥ることを心配して、災害警報レベルを弱くすると、本当に災害が起きたときに対応できなくなる現象
多数派同調バイアス(Majority synching bias)
まわりの人と同じ行動を取りたがる心理傾向
(災害時には、正常性バイアスと相乗効果を発揮する)

正常性バイアスと異常性バイアス

正常性バイアスと異常性バイアス

正常性バイアスと異常性バイアスはどちらも、災害心理学の分野でよく使われている専門用語で、災害時の人の偏った認知能力を表す言葉です。

イスラエルの心理学者ハイム・オメルは、自身の論文の中で、この2つの用語について定義しています。

それでは、その詳細を見ていきましょう。

正常性バイアスとは?

正常性バイアスとは、潜在的な脅威やその危険な意味合いの可能性を最小化する傾向のこと』(参考文献:H. Omer and N. Alon, The continuity principle: A unified approach to disaster and trauma, American Journal of Community Psychology, 22 (1994) 273-287.)

と定義されています。

 

分かりやすく言い換えると、

大きな災害が目前まで迫っているのに、

「まだ大丈夫だろう」

「大したことないだろう」

などと、災害を軽視してしまう傾向のことです。

この正常性バイアスのせいで、多くの人が逃げ遅れてしまうと言われています。

 

異常性バイアスとは?

『異常性バイアスとは、災害時に人々が適切に機能する能力を過小評価すること』

と定義されています。

 

分かりやすく言い換えると、

災害時に多くの人は、

  • パニックが起こってしまうのではないか
  • 略奪や火事場泥棒が発生するのではないか
  • 被災したショックで、腰を抜かしてしまうのではないか

などと、心配し過ぎてしまう性質ということです。

しかし実際には、災害時には正常性バイアスが働くので、人々は意外と平常時と変わらない行動を取ります。

緊急事態が起きて、取り乱してパニックを起こすというイメージは、幻想にすぎません。

正常性バイアスの例

正常性バイアスは、世界中のあらゆる災害や事件で確認されています。

実際の具体例について、いくつかご紹介します。

東日本大震災

2011年3月11日、東北地方を中心として東日本大震災が発生しました。

政府によると、東日本大震災による死者・行方不明は18490名に上るとされています。

出典:内閣府パンフレット『日本の災害対策』 p16より

この被害者の多さが、いかに脅威的であったかを物語っています。

しかしながら、専門調査会によると、

揺れが収まった後にすぐに避難した人は、全体の57%だった

出典:東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震津波対策に関する専門調査会 第9回会合『資料2』 p1より

というデータが得られています。

つまり、政府がテレビなどで津波警報を出していたにもかかわらず、半数近くの人が避難行動に移せなかったということです。

これは、なぜなのでしょうか?

 

東海大学の宮地泰三先生の研究グループは、多くの住民が避難行動に移せなかった理由として、正常性バイアスの可能性を指摘しています。

38年間、津波の被害を受けずに安全に生活できたという実績が「住民が政府の津波警報を受けても避難しない」という結果につながってしまった。

(参考文献:G. Burinayeva, T. Miyachi, A. Yeshmukhametov and Y. Mikami, An autonomous emergency warning system based on cloud servers and SNS, Procedia Computer Science, 60 (2015) 722-729.)

つまり、38年間無事だったのだから、

「今度も大丈夫だろう」

という気持ちを強めてしまったのです。

要するに、津波に対する正常性バイアスを強めてしまったということでしょう。

世界貿易センタービル爆破事件

1993年2月26日に、アメリカのニューヨークにある世界貿易センタービルで爆発が起きました。

この事件により多くの死傷者が出ました。

全米防火協会(NFPA)の応用研究マネージャーのリタ・フェイ氏は、事件の後ビル内からの避難者406名に、自身が取った避難行動についてのアンケートを実施しました。

その結果、爆発を認識してから避難を開始するまでに、最大で4時間5分もかかっている人がいることが分かりました。

(平均時間は11.3分)

また、「なぜ自発的に避難しなかったのか?」という質問では、

情報や指示を待っていた

待ったほうが良いと思った

などの避難に消極的な意見も見受けられました。

(参考文献:R.F. Fahy and G. Proulx, Human behavior in the World Trade Center evacuation, Fire Safety Science, 5 (1997) 713-724.)

この論文では、正常性バイアスには特に触れてはいませんが、避難行動になかなか移せなかった人たちは、正常性バイアスが強い人たちなのではないかと推測されます。

ロンドン同時爆破テロ

2005年7月7日に、イギリスのロンドンで同時多発爆破事件が起きました。

この事件ては、3台の地下鉄の列車と1台のバスが爆発し、多数の死者・負傷者を出しました。

事件当日、ロンドン・メトロポリタン大学に在籍していた社会心理学者クリス・コッキングは、事件の生還者にインタビューを行いました。

すると、生還者は次のようなことを答えたといいます。

「ほとんどの人は、秩序正しく、穏やかな行動をしてした。身勝手で、非協力的な行動はなかった。」

(参考文献:C. Cocking, J. Drury and S. Reicher, The psychology of crowd behavior in emergency evacuations: Results from two interview studies and implications for the fire and rescue services, Irish Journal of Psychology, 30 (2009) 59-73.)

つまり、こんなにも大規模な事件にもかかわらず、人々は落ち着いて行動していたのです。

これはまさしく、正常性バイアスが働いた結果なのではないかと考えられます。

オオカミ少年効果と居眠り羊飼い効果

皆さんは、イソップ物語の一つ「羊飼いと狼」をご存知でしょうか?

羊飼いの少年が「狼が来たぞ!」と何度もウソをついていたせいで、本当に狼が来たときに、村の誰からも信じてもらえなかったというお話です。

この物語を元とした、正常性バイアスに関係する心理効果が2つあります。

オオカミ少年効果

・居眠り羊飼い効果

です。

オオカミ少年効果とは?

災害の予測が実現しなかった経験を持つ人は、その後の災害警報の有効性を割り引いて考えてしまう傾向があります。これをオオカミ少年効果(Cry Wolf effect)といいます。(参考文献:L.E. Atwood and A.M. Major, Exploring the ‘cry wolf’ hypothesis, International Journal of Mass Emergencies and Disasters, 16 (1998) 279-302.)

わかりやすく言うと、

「大災害が来るぞー!」

と、警戒したけれど、結局来なかったという経験を経るたびに、

「どうせ次も来ないだろう」

と、だんだんと考えるようになっていくのです。

たとえば、2005年8月の大型ハリケーンカトリーナの災害ではオオカミ少年効果が働いたと考えている研究者がいます。

(参考文献:C.F. Parker, E.K. Stern, E. Paglia and C. Brown, Preventable catastrophe? The hurricane Katrina disaster revisited, Journal of Contingencies and Crisis Management, 17 (2009) 206-220.)

カトリーナが来る前年の9月にもハリケーン・アイバンがアメリカに上陸していました。

大洪水が起こるという予想とは裏腹に、そこまで被害は大きくなりませんでした。

そのせいで、翌年のカトリーナのときに人々は楽観的になってしまったといいます。

この実例のように、せっかく警戒したのに不発に終わるため、次の災害への心の備えが弱くなってしまうのです。

要するに、災害警報が出たのに、その災害が実現しないと、どんどん正常性バイアスが強まっていくということです。

居眠り羊飼い効果とは?

信憑性が下がることを心配して、警報発令を控え目にすると、本当に災害が起こったときに被害が大きくなってしまうことがあります。これを居眠り羊飼い効果(Slept-shepherd effect)といいます。(参考書籍:『防災の心理学–ほんとうの安心とは何か』,仁平義明 編,p34-37,東信堂(2009))※仁平先生らが主に使用している用語です。

居眠り羊飼い効果は、狼が来たのに羊飼いの少年が居眠りしていたので、村人に注意喚起ができないという状況を表しています。

つまり、オオカミ少年効果が起こらないように、警戒レベルを低くしすぎると、今度は居眠り羊飼い効果が発動して災害に対処できなくなってしまうリスクが出てくるということです。

たとえば、最近の気象予報は、より客観的に、より正確に、より分かりやすくなってきています。

これは、曖昧な気象予報によって、オオカミ少年効果や居眠り羊飼い効果を引き起こさないようにしているのです。

多数派同調バイアス

オオカミ少年効果以外にも正常性バイアスを強める要因があります。

それが、多数派同調バイアス(Majority synching bias)です。

このバイアスは、「群衆の中で、人はあまり考えずに他の人と同調してしまう心理」と定義されています。(参考文献:Y. Takayama and H. Miwa, Quick evacuation method for evacuation navigation system in poor communication environment at the time of disaster, 2004 International Conference on Intelligent Networking and Collaborative Systems, (2014) 415-420.)

わかりやすく言い換えると、多数派同調バイアスは「周囲の人と同じ行動を取りたがる性質」ということです。

この多数派同調バイアスが、災害時に正常性バイアスと相乗効果を生む危険性があります。

たとえば、映画館で、室内にけむりが立ち込めてきたとします。

一部の正常性バイアスの強い人たちが、まったく席を立とうとしなかった場合、まわりの人に多数派同調バイアスが働いて、正常性バイアスが強くない人まで避難しない状況になってしまうのです。

つまり、心の中では、

「あれ?火事なんじゃない?」

と思ってても、まわりの人がまったく動こうとしないから、自分も同調圧力に負けてしまうのです。

また、緊急事態の避難のときに、人は他の人について行き、他の出口が空いているのに、1つの出口に集中する傾向もあるそうです。(参考文献:D. Helbing,, I.J. Farkas, P. Molnar and T. Vicsek, Simulation of Pedestrian Crowds in Normal and Evacuation Situations, Pedestrian and evacuation dynamics 21 (2002) 21-58.)

これも多数派同調バイアスの影響と言えるでしょう。

最後に

いかがでしたでしょうか?

今回、災害心理学の用語である正常性バイアスやそれに関係する異常性バイアスオオカミ少年効果居眠り羊飼い効果多数派同調バイアスについてまとめてみました。

正常性バイアスは、脅威が曖昧だから起こると言われています。

つまり、脅威の曖昧さを減らして、意思決定のプロセスを簡単にすれば、正常性バイアスを防げるのです。

災害時に、自分の身を守るためには、事前に具体性の高い災害計画を立てておくことをおすすめします。