【時間選好】と【現在バイアス】の違いを詳しく解説
経済学上で発展してきた「時間選好」と、心理学・行動経済学的な意味合いの強い「現在バイアス」は、どちらも「現在の満足を優先する」というような意味を持っています。
とても意味のまぎらわしい2つの用語「時間選好」と「現在バイアス」を、できるだけ分かりやすく解説します。
また、関連する用語についてもご紹介します。
未来よりも今の満足を好んで選ぶ行動パターン
〇 現在バイアス(Present Bias)
目先の満足を追い求める心理的な偏り
(時間選好が生じる要因の1つ)
〇 時間割引(Time Discounting)
うれしさが時間とともに減っていく(割引される)現象
(時間選好が生じる要因の1つ)
〇 遅延価値割引(Delay Discounting)
時間割引と同義
〇 双曲割引(Hyperbolic Discounting)
時間選好を表すための双曲型の数式のこと
(最近は、近い将来は遠い未来よりも割引率が大きいことを指す用語としても定着)
〇 マグニチュード効果(Magnitude Effect)
小額は、多額よりも割引される現象
〇 符号効果(Sign Effect)
利益は、損失よりも割引される現象
〇 選好の逆転(Preference Reversals)
遠い将来よりも近い将来の割引率が大きくなること(双曲割引)によって、遠い将来と近い将来の意思決定の結果が逆転すること
時間選好の定義
時間選好について総説論文を執筆した、当時マサチューセッツ工科大学准教授のシェーン・フレデリックらによると、
“時間選好は、将来の満足よりも現在の満足を好んで選ぶ行為を意味する” (参考文献:S. Frederick, G. Loewenstein and T. O’Donoghue, Time discounting and time preference: A critical review, Journal of Economic Literature, 40 (2002) 351-401.)
と定義されています。
たとえば、1万円がもらえるとしたら、
今受け取りますか?
それとも、1年後受け取りますか?
当然、今を選択するでしょう。
このように、人は未来よりも今の時間を優先するのです。
また、経済学で研究されてきた分野だけあって、生々しいお金に関する研究が多いです。
現在バイアスの定義
アメリカの経済学者テッド・オドノヒューと行動経済学者マシュー・ラビンによると、
“現在バイアスは、人が目先の満足を追い求める傾向” (参考文献:T. O’Donoghue and M. Rabin, Present bias: Lessons learned and to be learned, American Economic Review: Paper & Proceedings 105 (2015) 273-279.)
と定義されています。
たとえば、夏休みの宿題を
今やるか?
先延ばしにするか?
と考えたときに、いろいろな誘惑に負けて宿題を後回しにしてしまいたくなる心理が現在バイアスです。
オドノヒューとラビンによると、現在バイアスという言葉が定着したのは、1994年のデビット・ライブソンの論文がきっかけであると言われています。
また、大元をたどると、現在バイアスは、アメリカの経済学者リチャード・H・セイラーとカナダの経済学者ハーシュ・M・シェフリンのセルフコントロールの理論(1981年)から生まれた考え方であるとも言われています。
(参考文献:Jing Jian Xiao and Nilton Porto, Present bias and financial behavior, Financial Planning Review, 2 (2019) e1048.)
時間選好と現在バイアスの違い
時間選好と現在バイアスという用語は、研究者によって微妙に異なります。
非常に似た意味を持つ言葉ですが、厳密には違いがあります。
それは、「現在を重視する」という意思決定の動機が現在バイアスで、その結果が時間選好ということです。
言い換えると、現在バイアスという人の心の偏りによって「今が重要だ」と錯覚し、その結果として、時間選好という「今を好む」傾向が現れるのです。
たとえば、お昼にハンバーガーを食べるか、サラダを食べるか考えたときに、将来の健康のことを思えばサラダを食べたほうが良いでしょう。
しかし、いざお腹が空いてくると、なかなか誘惑には勝てないものです。
このとき、
「将来の健康より今の満足感のほうが大切だ」
と、現在に偏って評価してしまうことが現在バイアスで、
その結果、
「ハンバーガー食べちゃおう!」
と、現在の満足を優先する選択が時間選好というわけです。
このように、目先の満足を追い求める心理傾向(現在バイアス)によって、将来よりも今を好む性質(時間選好)が生じるのです。
なぜ今が大切なのか?
多くの人が、未来よりも今を重視することには理由があります。
その理由を求めて、さまざまな研究者が時間選好の性質を解明しようと試みてきました。
時間選好や現在バイアスが生まれるメカニズムをいくつかご紹介します。
人の欲求
探検家ジョン・ライ博士(1813~1893年)は、現在を優先する根本的な要因は、人の欲求であると述べています。 (前述のフレデリックの総説(2002)を参考)
たとえば、
A:ダイエットを継続するか
B:我慢せずにアイスを食べるか
悩んでいるとします。
将来のことを考えれば、アイスを我慢する方が賢明でしょう。
しかし、今の瞬間を考えると
A:おいしいアイスが食べられるという「興奮」
B:アイスを我慢するという「不快感」
をどちらか選べと言っているようなものです。
禁欲することによって、人は大きな苦痛を感じるので、現在の満足感を優先してしまうのです。
リスクや不確実性の回避
将来よりも現在を優先するもう一つの理由として、「リスクや不確実性の回避」があげられます。 (参考文献:(1) C. Luhmann and M. Bixter, Subjective hazard rates rationalize “irrational” temporal preferences, Proceedings of the Annual Meeting of the Cognitive Science Society 36 (2014), (2) U. Benzion, A. Rapoport and J. Yagil, Discount rates inferred from decisions: An experimental study, Management Science, 35 (1989) 270-284.)
つまり、将来は
・何が起きるか分からない(不確実性)
・今手に入るものが、手に入らない(リスク)
かもしれないので、これらを避けるために今が選択されるということです。
たとえば、あなたが3人兄弟の末っ子だったとします。
今日の夕飯は、お母さんが作ってくれたエビフライです。
兄弟3人分が大皿に盛られています。
この状況で、あなたはどのような行動を取りますか?
A:最初から大好きなエビフライを食べる
B:大好物は取っておいて野菜から食べる
おそらく、あなたはAを選択するでしょう。
なぜなら、2人の兄にエビフライを全部食べられてしまう心配があるからです。
このように、未来は不確実で、欲しいものが手に入らないリスクがあるので、確実な今を選ぶのです。
時間割引のモデル化
時間割引とは、「うれしさが時間とともに減っていく(割引される)現象」です。
時間選好が生じる要因の一つとされています。
たとえば、
「今、キミにプレゼントがあるんだ!」
と言われるのと、
「来月、キミにプレゼントがあるんだ!」
と言われるのを比べると、“今”と言われた方がうれしくないですか?
時間割引を客観的に説明するために、昔から数多くの研究者たちが時間割引のモデル(数式)を考案してきました。
それが、
- 指数割引(Exponential Discounting)
- 双曲割引(Hyperbolic Discounting)
- 準双曲割引(Quasi-hyperbolic Discounting)
です。
それでは、順番に説明していきます。
指数割引
指数割引とは、時間選好を理論的に説明するために開発された数式です。
指数割引モデルや指数割引関数とも呼ばれます。
文字通り、このモデルは指数関数で表されます。
その数式がこちらです。
D (y, t) = exp(-rt)、r > 0
t : 時間
y : 割引量(ドル)
D (y, t) : 割引率
(この文献の表記を参考:J. Benhabib, A. Bisin and A. Schotter, Present-bias, quasi-hyperbolic discounting, and fixed costs, Games and Economic Behavior, 69 (2010) 205-223.)
数式のままでは難しいので、これをグラフに表すと次のようになり、視覚的に理解しやすくなると思います。
この指数割引の特徴は、将来にわたって割引率がほぼ一定であるという点です。
たとえば、
今100円もらう場合に感じる「喜びの大きさ」を100
1週間後に100円もらう場合に感じる「喜びの大きさ」を90
とするならば、
3週間後は80で、4週間後では70
というように、一定の減り具合になるということです。
双曲割引
双曲割引(別名:双曲割引モデル、双曲割引関数)も、指数割引と同じように時間選好を説明するための数式です。
ただし、最近では「遠い将来よりも、近い将来のうれしさは時間とともに減りやすい」ということを表す言葉としても定着しています。
実際の数式は、次のような双曲型の関数になっています。
D (y, t) = 1 / (1 + rt)、r > 0
(前述のJ. Benhabib(2010)の表記を参考)
分かりづらいので、グラフにすると、
このように湾曲した形になっています。
このグラフが表わす双曲割引の特徴としては、意思決定時点(t = 0)に近いところで満足感が大きく割引されるということです。
たとえば、明日の1000円よりも今日の900円を好む一方で、30日後の900円よりも31日後の1000円を好むでしょう。
つまり、近い将来(今日から明日)のうれしさの減少は大きいですが、遠い将来(30日後から31日後)のうれしさの減少は小さいのです。
割引率がほぼ一定の指数割引とは、この点が異なります。
双曲割引は、より正しく人の行動を反映していると評価されています。
(参考文献:J.E. Mazur, An adjusting procedure for studying delayed reinforcement, In M.L. Commons, J.E. Mazur, J.A. Nevin and H. Rachlin (Eds.), Quantitative analysis of behavior: The effect of delay and of intervening events on reinforcement value, Psychology Press, East Sussex, 1987, pp.55-73.
その後、モニカ・L・ロドリゲスら(1988年)
M.L. Rodriguez, A.W. Logue, Adjusting delay to reinforcement: comparing choice in pigeons and humans, Journal of Experimental Psychology: Animal Behavior Processes, 14 (1988) 105-117.
ハワード・ラクリンら(1991年)
H. Rachlin, A. Raineri and D. Cross, Subjective probability and delay, Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 55 (1991) 233-244.
の研究によって、双曲割引はヒトにも適用できることが証明されました。
準双曲割引
準双曲割引は、双曲割引がまだ人の行動に最適化されていないとして、さらに改良された割引モデルです。
準双曲割引の数式は少し特殊で、次のように2つに場合分けされています。
t = 0(現在) のとき
D (y, t) = 1
t > 0(未来)のとき
D (y, t) = αexp(-rt)
(αは現在バイアスを調整するための定数で、1以下のときに現在バイアスを示し、αが小さいほど現在バイアスが大きくなります。)
(前述のJ. Benhabib(2010)の表記を参考)
数式のままでは分かりづらいのでグラフにすると、
このような、現在の点からいきなりガクンと下がるような形をしています。
この準双曲割引モデルでは、現時点と将来が分離しており、双曲割引モデルよりもさらに意思決定時点に重点が置かれています。
さらに、現在バイアス自体がモデル内に組み込まれており、αというパラメータで調整することができるというのが特徴です。
D. Laibson, Golden eggs and hyperbolic discounting, The Quarterly Journal of Economics, 112 (1997) 443-477.
やテッド・オドノヒューとマシュー・ラビン(1999年)
T. O’Donoghue and M. Rabin, Doing it now or later, American Economic Review, 89 (1999) 103-124.
の研究で採用されました。
時間割引のいろいろな法則
先ほどの章でも説明しましたが、時間割引は「うれしさが、時間が経つごとに減る(割引される)現象」のことを指します。
たとえば、今日もらう100円のうれしさは、明日もらう100円のうれしさよりも大きいということです。
そして、このうれしさの減り方には、いくつか規則性がありますのでご紹介します。
- 少額は、多額よりも割引されやすい → マグニチュード効果
- 利益は、損失よりも割引されやすい → 符号効果
- 近い将来では今が優先されるが、遠い将来では未来が優先される → 選好の逆転
マグニチュード効果
価値が低い物は、価値が高い物よりもうれしさが時間とともに減りやすいことが明らかになっており、これをマグニチュード効果(Magnitude effect)と呼びます。(参考文献:J. Noor, Intertemporal choice and the magnitude effect, Games and Economic Behavior, 72 (2011) 255-270.)
たとえば、多くの人は、
A:今日、100円もらう
B:明日、110円もらう
という選択では、Aを選ぶと思います。
一方で、
A:今日、10万円もらう
B:明日、11万円もらう
という選択では、Bに変わると思います。
つまり、金額が高いほど時間割引の影響を受けにくいのです。
符号効果
利益は、損失よりもうれしさが時間の経過によって減りやすいことが分かっており、これを符号効果(Sign effect)と呼びます。 (参考文献:E.F. Furreboe, The sign effect, systematic devaluations and zero discounting, Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 113 (2020) 626-643.)
たとえば、多くの人は
A:今、1万円もらう
B:1ヶ月後、1万円もらう
という選択ではAを選ぶと思います。
一方で、
A:今、1万円支払う
B:1ヶ月後、1万円支払う
という選択肢ではどうでしょう?
もらえる場合ほど「今が良い」とは思わないはずです。
つまり、利益では、時間割引の影響が大きくなるのです。
選好の逆転
近い将来では現在が優先されるが、遠い将来では未来が優先される現象が観測されており、これを選好の逆転(Preference reversals)と呼びます。 (参考文献:K.N. Kirby and R.J. Herrnstein, Preference reversals due to myopic discounting of delayed reward, Psychological Science, 6 (1995) 83-89.)
たとえば、
A:今、1000円もらう
B:明日、1100円もらう
では、Aの選択肢が好まれるかもしれません。
一方で、
A:100日後に1000円もらう
B:101日後に1100円もらう
では、Bの選択肢になるのではないでしょうか?
このように、近い将来と遠い将来では選好が逆転する場合があるのです。
この「選好の逆転」現象は、双曲割引が要因となっていると言われています。
最後に
いかがでしたでしょうか。
本記事では、時間選好と現在バイアスについてご紹介しました。
時間選好は、経済学界でとても古くから研究されている分野だけあって、とても奥が深いです。
最近では、現在バイアスという心理学的・行動経済学的な要素も加わり、さらに複雑化してきました。
筆者も精進いたします。
また、本記事の内容が、皆様の参考になれば幸いです。