ふむふむ心理学

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バイアス教育と心理学のブログ

『正常性バイアス』と『異常性バイアス』の定義を分かりやすく解説

「映画やアニメなどで、災害が起こったときに、人々がパニックを起こして逃げ惑うシーンを見かけることがあると思います。

実はそのイメージ、間違っています。

現実世界では、人は災害時にも意外と冷静さを保っていると言われています。

その原因が『正常性バイアス(バイアス:偏り)』です。

本記事では、正常性バイアスの定義や実例、それにまつわる異常性バイアスオオカミ少年効果居眠り羊飼い効果多数派同調バイアスなどをわかりやすく解説していきます。

 

まずは、用語まとめからご覧ください

◇ 要点まとめ解説! ◇
正常性バイアス(Normalcy bias)
災害の大きさや発生確率を過小評価する心理傾向
異常性バイアス(Abnormalcy bias)
災害時に人々がパニック等を起こすのではないかと、過度に心配する心理傾向
オオカミ少年効果(Cry Wolf effect)
予期された災害が来なかった場合、次の災害のときへの心理的な備えが甘くなる現象
正常性バイアスが強まるとも言われている)
居眠り羊飼い効果(Slept-shepherd effect)
オオカミ少年効果に陥ることを心配して、災害警報レベルを弱くすると、本当に災害が起きたときに対応できなくなる現象
多数派同調バイアス(Majority synching bias)
まわりの人と同じ行動を取りたがる心理傾向
(災害時には、正常性バイアスと相乗効果を発揮する)

正常性バイアスと異常性バイアス

正常性バイアスと異常性バイアス

正常性バイアスと異常性バイアスはどちらも、災害心理学の分野でよく使われている専門用語で、災害時の人の偏った認知能力を表す言葉です。

イスラエルの心理学者ハイム・オメルは、自身の論文の中で、この2つの用語について定義しています。

それでは、その詳細を見ていきましょう。

正常性バイアスとは?

正常性バイアスとは、潜在的な脅威やその危険な意味合いの可能性を最小化する傾向のこと』(参考文献:H. Omer and N. Alon, The continuity principle: A unified approach to disaster and trauma, American Journal of Community Psychology, 22 (1994) 273-287.)

と定義されています。

 

分かりやすく言い換えると、

大きな災害が目前まで迫っているのに、

「まだ大丈夫だろう」

「大したことないだろう」

などと、災害を軽視してしまう傾向のことです。

この正常性バイアスのせいで、多くの人が逃げ遅れてしまうと言われています。

 

異常性バイアスとは?

『異常性バイアスとは、災害時に人々が適切に機能する能力を過小評価すること』

と定義されています。

 

分かりやすく言い換えると、

災害時に多くの人は、

  • パニックが起こってしまうのではないか
  • 略奪や火事場泥棒が発生するのではないか
  • 被災したショックで、腰を抜かしてしまうのではないか

などと、心配し過ぎてしまう性質ということです。

しかし実際には、災害時には正常性バイアスが働くので、人々は意外と平常時と変わらない行動を取ります。

緊急事態が起きて、取り乱してパニックを起こすというイメージは、幻想にすぎません。

正常性バイアスの例

正常性バイアスは、世界中のあらゆる災害や事件で確認されています。

実際の具体例について、いくつかご紹介します。

東日本大震災

2011年3月11日、東北地方を中心として東日本大震災が発生しました。

政府によると、東日本大震災による死者・行方不明は18490名に上るとされています。

出典:内閣府パンフレット『日本の災害対策』 p16より

この被害者の多さが、いかに脅威的であったかを物語っています。

しかしながら、専門調査会によると、

揺れが収まった後にすぐに避難した人は、全体の57%だった

出典:東北地方太平洋沖地震を教訓とした地震津波対策に関する専門調査会 第9回会合『資料2』 p1より

というデータが得られています。

つまり、政府がテレビなどで津波警報を出していたにもかかわらず、半数近くの人が避難行動に移せなかったということです。

これは、なぜなのでしょうか?

 

東海大学の宮地泰三先生の研究グループは、多くの住民が避難行動に移せなかった理由として、正常性バイアスの可能性を指摘しています。

38年間、津波の被害を受けずに安全に生活できたという実績が「住民が政府の津波警報を受けても避難しない」という結果につながってしまった。

(参考文献:G. Burinayeva, T. Miyachi, A. Yeshmukhametov and Y. Mikami, An autonomous emergency warning system based on cloud servers and SNS, Procedia Computer Science, 60 (2015) 722-729.)

つまり、38年間無事だったのだから、

「今度も大丈夫だろう」

という気持ちを強めてしまったのです。

要するに、津波に対する正常性バイアスを強めてしまったということでしょう。

世界貿易センタービル爆破事件

1993年2月26日に、アメリカのニューヨークにある世界貿易センタービルで爆発が起きました。

この事件により多くの死傷者が出ました。

全米防火協会(NFPA)の応用研究マネージャーのリタ・フェイ氏は、事件の後ビル内からの避難者406名に、自身が取った避難行動についてのアンケートを実施しました。

その結果、爆発を認識してから避難を開始するまでに、最大で4時間5分もかかっている人がいることが分かりました。

(平均時間は11.3分)

また、「なぜ自発的に避難しなかったのか?」という質問では、

情報や指示を待っていた

待ったほうが良いと思った

などの避難に消極的な意見も見受けられました。

(参考文献:R.F. Fahy and G. Proulx, Human behavior in the World Trade Center evacuation, Fire Safety Science, 5 (1997) 713-724.)

この論文では、正常性バイアスには特に触れてはいませんが、避難行動になかなか移せなかった人たちは、正常性バイアスが強い人たちなのではないかと推測されます。

ロンドン同時爆破テロ

2005年7月7日に、イギリスのロンドンで同時多発爆破事件が起きました。

この事件ては、3台の地下鉄の列車と1台のバスが爆発し、多数の死者・負傷者を出しました。

事件当日、ロンドン・メトロポリタン大学に在籍していた社会心理学者クリス・コッキングは、事件の生還者にインタビューを行いました。

すると、生還者は次のようなことを答えたといいます。

「ほとんどの人は、秩序正しく、穏やかな行動をしてした。身勝手で、非協力的な行動はなかった。」

(参考文献:C. Cocking, J. Drury and S. Reicher, The psychology of crowd behavior in emergency evacuations: Results from two interview studies and implications for the fire and rescue services, Irish Journal of Psychology, 30 (2009) 59-73.)

つまり、こんなにも大規模な事件にもかかわらず、人々は落ち着いて行動していたのです。

これはまさしく、正常性バイアスが働いた結果なのではないかと考えられます。

オオカミ少年効果と居眠り羊飼い効果

皆さんは、イソップ物語の一つ「羊飼いと狼」をご存知でしょうか?

羊飼いの少年が「狼が来たぞ!」と何度もウソをついていたせいで、本当に狼が来たときに、村の誰からも信じてもらえなかったというお話です。

この物語を元とした、正常性バイアスに関係する心理効果が2つあります。

オオカミ少年効果

・居眠り羊飼い効果

です。

オオカミ少年効果とは?

災害の予測が実現しなかった経験を持つ人は、その後の災害警報の有効性を割り引いて考えてしまう傾向があります。これをオオカミ少年効果(Cry Wolf effect)といいます。(参考文献:L.E. Atwood and A.M. Major, Exploring the ‘cry wolf’ hypothesis, International Journal of Mass Emergencies and Disasters, 16 (1998) 279-302.)

わかりやすく言うと、

「大災害が来るぞー!」

と、警戒したけれど、結局来なかったという経験を経るたびに、

「どうせ次も来ないだろう」

と、だんだんと考えるようになっていくのです。

たとえば、2005年8月の大型ハリケーンカトリーナの災害ではオオカミ少年効果が働いたと考えている研究者がいます。

(参考文献:C.F. Parker, E.K. Stern, E. Paglia and C. Brown, Preventable catastrophe? The hurricane Katrina disaster revisited, Journal of Contingencies and Crisis Management, 17 (2009) 206-220.)

カトリーナが来る前年の9月にもハリケーン・アイバンがアメリカに上陸していました。

大洪水が起こるという予想とは裏腹に、そこまで被害は大きくなりませんでした。

そのせいで、翌年のカトリーナのときに人々は楽観的になってしまったといいます。

この実例のように、せっかく警戒したのに不発に終わるため、次の災害への心の備えが弱くなってしまうのです。

要するに、災害警報が出たのに、その災害が実現しないと、どんどん正常性バイアスが強まっていくということです。

居眠り羊飼い効果とは?

信憑性が下がることを心配して、警報発令を控え目にすると、本当に災害が起こったときに被害が大きくなってしまうことがあります。これを居眠り羊飼い効果(Slept-shepherd effect)といいます。(参考書籍:『防災の心理学–ほんとうの安心とは何か』,仁平義明 編,p34-37,東信堂(2009))※仁平先生らが主に使用している用語です。

居眠り羊飼い効果は、狼が来たのに羊飼いの少年が居眠りしていたので、村人に注意喚起ができないという状況を表しています。

つまり、オオカミ少年効果が起こらないように、警戒レベルを低くしすぎると、今度は居眠り羊飼い効果が発動して災害に対処できなくなってしまうリスクが出てくるということです。

たとえば、最近の気象予報は、より客観的に、より正確に、より分かりやすくなってきています。

これは、曖昧な気象予報によって、オオカミ少年効果や居眠り羊飼い効果を引き起こさないようにしているのです。

多数派同調バイアス

オオカミ少年効果以外にも正常性バイアスを強める要因があります。

それが、多数派同調バイアス(Majority synching bias)です。

このバイアスは、「群衆の中で、人はあまり考えずに他の人と同調してしまう心理」と定義されています。(参考文献:Y. Takayama and H. Miwa, Quick evacuation method for evacuation navigation system in poor communication environment at the time of disaster, 2004 International Conference on Intelligent Networking and Collaborative Systems, (2014) 415-420.)

わかりやすく言い換えると、多数派同調バイアスは「周囲の人と同じ行動を取りたがる性質」ということです。

この多数派同調バイアスが、災害時に正常性バイアスと相乗効果を生む危険性があります。

たとえば、映画館で、室内にけむりが立ち込めてきたとします。

一部の正常性バイアスの強い人たちが、まったく席を立とうとしなかった場合、まわりの人に多数派同調バイアスが働いて、正常性バイアスが強くない人まで避難しない状況になってしまうのです。

つまり、心の中では、

「あれ?火事なんじゃない?」

と思ってても、まわりの人がまったく動こうとしないから、自分も同調圧力に負けてしまうのです。

また、緊急事態の避難のときに、人は他の人について行き、他の出口が空いているのに、1つの出口に集中する傾向もあるそうです。(参考文献:D. Helbing,, I.J. Farkas, P. Molnar and T. Vicsek, Simulation of Pedestrian Crowds in Normal and Evacuation Situations, Pedestrian and evacuation dynamics 21 (2002) 21-58.)

これも多数派同調バイアスの影響と言えるでしょう。

最後に

いかがでしたでしょうか?

今回、災害心理学の用語である正常性バイアスやそれに関係する異常性バイアスオオカミ少年効果居眠り羊飼い効果多数派同調バイアスについてまとめてみました。

正常性バイアスは、脅威が曖昧だから起こると言われています。

つまり、脅威の曖昧さを減らして、意思決定のプロセスを簡単にすれば、正常性バイアスを防げるのです。

災害時に、自分の身を守るためには、事前に具体性の高い災害計画を立てておくことをおすすめします。

 

【時間選好】と【現在バイアス】の違いを詳しく解説

経済学上で発展してきた「時間選好」と、心理学・行動経済学的な意味合いの強い「現在バイアス」は、どちらも「現在の満足を優先する」というような意味を持っています。

とても意味のまぎらわしい2つの用語「時間選好」と「現在バイアス」を、できるだけ分かりやすく解説します。

また、関連する用語についてもご紹介します。

◇ 似た意味の言葉 & 関連用語 まとめ ◇
〇 時間選好(Time Preference)
未来よりも今の満足を好んで選ぶ行動パターン
〇 現在バイアス(Present Bias)
目先の満足を追い求める心理的な偏り
(時間選好が生じる要因の1つ)
〇 時間割引(Time Discounting)
うれしさが時間とともに減っていく(割引される)現象
(時間選好が生じる要因の1つ)
〇 遅延価値割引(Delay Discounting)
時間割引と同義
〇 双曲割引(Hyperbolic Discounting)
時間選好を表すための双曲型の数式のこと
(最近は、近い将来は遠い未来よりも割引率が大きいことを指す用語としても定着)
〇 マグニチュード効果(Magnitude Effect)
小額は、多額よりも割引される現象
〇 符号効果(Sign Effect)
利益は、損失よりも割引される現象
〇 選好の逆転(Preference Reversals)
遠い将来よりも近い将来の割引率が大きくなること(双曲割引)によって、遠い将来と近い将来の意思決定の結果が逆転すること

時間選好と現在バイアス

時間選好の定義

時間選好について総説論文を執筆した、当時マサチューセッツ工科大学准教授のシェーン・フレデリックらによると、

時間選好は、将来の満足よりも現在の満足を好んで選ぶ行為を意味する” (参考文献:S. Frederick, G. Loewenstein and T. O’Donoghue, Time discounting and time preference: A critical review, Journal of Economic Literature, 40 (2002) 351-401.)

と定義されています。

たとえば、1万円がもらえるとしたら、

今受け取りますか?

それとも、1年後受け取りますか?

当然、今を選択するでしょう。

このように、人は未来よりも今の時間を優先するのです。

◇ 歴史まめ知識! ◇
この時間選好の考え方の歴史は古く、19世紀から20世紀初頭に活躍した経済学者らによって発展してきました。
また、経済学で研究されてきた分野だけあって、生々しいお金に関する研究が多いです。

現在バイアスの定義

アメリカの経済学者テッド・オドノヒューと行動経済学者マシュー・ラビンによると、

現在バイアスは、人が目先の満足を追い求める傾向” (参考文献:T. O’Donoghue and M. Rabin, Present bias: Lessons learned and to be learned, American Economic Review: Paper & Proceedings 105 (2015) 273-279.)

と定義されています。

たとえば、夏休みの宿題を

今やるか?

先延ばしにするか?

と考えたときに、いろいろな誘惑に負けて宿題を後回しにしてしまいたくなる心理が現在バイアスです。

◇ 歴史まめ知識! ◇
現在バイアスは、比較的新しい用語です。
オドノヒューとラビンによると、現在バイアスという言葉が定着したのは、1994年のデビット・ライブソンの論文がきっかけであると言われています。
また、大元をたどると、現在バイアスは、アメリカの経済学者リチャード・H・セイラーとカナダの経済学者ハーシュ・M・シェフリンのセルフコントロールの理論(1981年)から生まれた考え方であるとも言われています。
(参考文献:Jing Jian Xiao and Nilton Porto, Present bias and financial behavior, Financial Planning Review, 2 (2019) e1048.)

時間選好と現在バイアスの違い

時間選好と現在バイアスという用語は、研究者によって微妙に異なります。

非常に似た意味を持つ言葉ですが、厳密には違いがあります。

それは、「現在を重視する」という意思決定の動機が現在バイアスで、その結果が時間選好ということです。

言い換えると、現在バイアスという人の心の偏りによって「今が重要だ」と錯覚し、その結果として、時間選好という「今を好む」傾向が現れるのです。

たとえば、お昼にハンバーガーを食べるか、サラダを食べるか考えたときに、将来の健康のことを思えばサラダを食べたほうが良いでしょう。

しかし、いざお腹が空いてくると、なかなか誘惑には勝てないものです。

このとき、

「将来の健康より今の満足感のほうが大切だ」

と、現在に偏って評価してしまうことが現在バイアスで、

その結果、

ハンバーガー食べちゃおう!」

と、現在の満足を優先する選択が時間選好というわけです。

このように、目先の満足を追い求める心理傾向(現在バイアス)によって、将来よりも今を好む性質(時間選好)が生じるのです。

なぜ今が大切なのか?

多くの人が、未来よりも今を重視することには理由があります。

その理由を求めて、さまざまな研究者が時間選好の性質を解明しようと試みてきました。

時間選好や現在バイアスが生まれるメカニズムをいくつかご紹介します。

人の欲求

探検家ジョン・ライ博士(1813~1893年)は、現在を優先する根本的な要因は、人の欲求であると述べています。 (前述のフレデリックの総説(2002)を参考)

たとえば、

A:ダイエットを継続するか

B:我慢せずにアイスを食べるか

悩んでいるとします。

将来のことを考えれば、アイスを我慢する方が賢明でしょう。

しかし、今の瞬間を考えると

A:おいしいアイスが食べられるという「興奮

B:アイスを我慢するという「不快感

をどちらか選べと言っているようなものです。

禁欲することによって、人は大きな苦痛を感じるので、現在の満足感を優先してしまうのです。

リスクや不確実性の回避

将来よりも現在を優先するもう一つの理由として、「リスクや不確実性の回避」があげられます。 (参考文献:(1) C. Luhmann and M. Bixter, Subjective hazard rates rationalize “irrational” temporal preferences, Proceedings of the Annual Meeting of the Cognitive Science Society 36 (2014), (2) U. Benzion, A. Rapoport and J. Yagil, Discount rates inferred from decisions: An experimental study, Management Science, 35 (1989) 270-284.)

つまり、将来は

・何が起きるか分からない(不確実性

・今手に入るものが、手に入らない(リスク

かもしれないので、これらを避けるために今が選択されるということです。

たとえば、あなたが3人兄弟の末っ子だったとします。

今日の夕飯は、お母さんが作ってくれたエビフライです。

兄弟3人分が大皿に盛られています。

この状況で、あなたはどのような行動を取りますか?

A:最初から大好きなエビフライを食べる

B:大好物は取っておいて野菜から食べる

おそらく、あなたはAを選択するでしょう。

なぜなら、2人の兄にエビフライを全部食べられてしまう心配があるからです。

このように、未来は不確実で、欲しいものが手に入らないリスクがあるので、確実な今を選ぶのです。

時間割引のモデル化

時間割引とは、「うれしさが時間とともに減っていく(割引される)現象」です。

時間選好が生じる要因の一つとされています。

たとえば、

、キミにプレゼントがあるんだ!」

と言われるのと、

来月、キミにプレゼントがあるんだ!」

と言われるのを比べると、“”と言われた方がうれしくないですか?

時間割引を客観的に説明するために、昔から数多くの研究者たちが時間割引のモデル(数式)を考案してきました。

それが、

  • 指数割引(Exponential Discounting)
  • 双曲割引(Hyperbolic Discounting)
  • 準双曲割引(Quasi-hyperbolic Discounting)

です。

それでは、順番に説明していきます。

指数割引

指数割引とは、時間選好を理論的に説明するために開発された数式です。

指数割引モデルや指数割引関数とも呼ばれます。

文字通り、このモデルは指数関数で表されます。

その数式がこちらです。

D (y, t) = exp(-rt)、r > 0

t : 時間

y : 割引量(ドル)

D (y, t) : 割引率

(この文献の表記を参考:J. Benhabib, A. Bisin and A. Schotter, Present-bias, quasi-hyperbolic discounting, and fixed costs, Games and Economic Behavior, 69 (2010) 205-223.)

数式のままでは難しいので、これをグラフに表すと次のようになり、視覚的に理解しやすくなると思います。

指数割引

この指数割引の特徴は、将来にわたって割引率がほぼ一定であるという点です。

たとえば、

今100円もらう場合に感じる「喜びの大きさ」を100

1週間後に100円もらう場合に感じる「喜びの大きさ」を90

とするならば、

3週間後は80で、4週間後では70

というように、一定の減り具合になるということです。

 

◇ 歴史まめ知識! ◇
この指数割引は、1937年に考案されたサミュエルソンの割引効用モデル(指数割引の原型)をきっかけに、経済学の世界に広く普及していきました。

双曲割引

双曲割引(別名:双曲割引モデル、双曲割引関数)も、指数割引と同じように時間選好を説明するための数式です。

ただし、最近では「遠い将来よりも、近い将来のうれしさは時間とともに減りやすい」ということを表す言葉としても定着しています。

実際の数式は、次のような双曲型の関数になっています。

D (y, t) = 1 / (1 + rt)、r > 0

(前述のJ. Benhabib(2010)の表記を参考)

分かりづらいので、グラフにすると、

双曲割引

このように湾曲した形になっています。

このグラフが表わす双曲割引の特徴としては、意思決定時点(t = 0)に近いところで満足感が大きく割引されるということです。

たとえば、明日の1000円よりも今日の900円を好む一方で、30日後の900円よりも31日後の1000円を好むでしょう。

つまり、近い将来(今日から明日)のうれしさの減少は大きいですが、遠い将来(30日後から31日後)のうれしさの減少は小さいのです。

割引率がほぼ一定の指数割引とは、この点が異なります。

双曲割引は、より正しく人の行動を反映していると評価されています。

◇ 歴史まめ知識! ◇
この双曲割引は、1987年にジェームズ・E・メイザーがハトの遅延割引を表す関数として提案しました。
(参考文献:J.E. Mazur, An adjusting procedure for studying delayed reinforcement, In M.L. Commons, J.E. Mazur, J.A. Nevin and H. Rachlin (Eds.), Quantitative analysis of behavior: The effect of delay and of intervening events on reinforcement value, Psychology Press, East Sussex, 1987, pp.55-73.
その後、モニカ・L・ロドリゲスら(1988年)
M.L. Rodriguez, A.W. Logue, Adjusting delay to reinforcement: comparing choice in pigeons and humans, Journal of Experimental Psychology: Animal Behavior Processes, 14 (1988) 105-117.
ハワード・ラクリンら(1991年)
H. Rachlin, A. Raineri and D. Cross, Subjective probability and delay, Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 55 (1991) 233-244.
の研究によって、双曲割引はヒトにも適用できることが証明されました。

準双曲割引

準双曲割引は、双曲割引がまだ人の行動に最適化されていないとして、さらに改良された割引モデルです。

準双曲割引の数式は少し特殊で、次のように2つに場合分けされています。

t = 0(現在) のとき

D (y, t) = 1

t > 0(未来)のとき

D (y, t) = αexp(-rt) 

(αは現在バイアスを調整するための定数で、1以下のときに現在バイアスを示し、αが小さいほど現在バイアスが大きくなります。)

(前述のJ. Benhabib(2010)の表記を参考)

数式のままでは分かりづらいのでグラフにすると、

準双曲割引

このような、現在の点からいきなりガクンと下がるような形をしています。

この準双曲割引モデルでは、現時点と将来が分離しており、双曲割引モデルよりもさらに意思決定時点に重点が置かれています。

さらに、現在バイアス自体がモデル内に組み込まれており、αというパラメータで調整することができるというのが特徴です。

◇ 歴史まめ知識! ◇
この準双曲割引のモデルは、デビッド・ライブソン(1997年)
D. Laibson, Golden eggs and hyperbolic discounting, The Quarterly Journal of Economics, 112 (1997) 443-477.
やテッド・オドノヒューとマシュー・ラビン(1999年)
T. O’Donoghue and M. Rabin, Doing it now or later, American Economic Review, 89 (1999) 103-124.
の研究で採用されました。

時間割引のいろいろな法則

先ほどの章でも説明しましたが、時間割引は「うれしさが、時間が経つごとに減る(割引される)現象」のことを指します。

たとえば、今日もらう100円のうれしさは、明日もらう100円のうれしさよりも大きいということです。

そして、このうれしさの減り方には、いくつか規則性がありますのでご紹介します。

  • 少額は、多額よりも割引されやすい → マグニチュード効果
  • 利益は、損失よりも割引されやすい → 符号効果
  • 近い将来では今が優先されるが、遠い将来では未来が優先される → 選好の逆転

マグニチュード効果

価値が低い物は、価値が高い物よりもうれしさが時間とともに減りやすいことが明らかになっており、これをマグニチュード効果(Magnitude effect)と呼びます。(参考文献:J. Noor, Intertemporal choice and the magnitude effect, Games and Economic Behavior, 72 (2011) 255-270.)

たとえば、多くの人は、

A:今日、100円もらう

B:明日、110円もらう

という選択では、Aを選ぶと思います。

一方で、

A:今日、10万円もらう

B:明日、11万円もらう

という選択では、Bに変わると思います。

つまり、金額が高いほど時間割引の影響を受けにくいのです。

符号効果

利益は、損失よりもうれしさが時間の経過によって減りやすいことが分かっており、これを符号効果(Sign effect)と呼びます。 (参考文献:E.F. Furreboe, The sign effect, systematic devaluations and zero discounting, Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 113 (2020) 626-643.)

たとえば、多くの人は

A:今、1万円もらう

B:1ヶ月後、1万円もらう

という選択ではAを選ぶと思います。

一方で、

A:今、1万円支払う

B:1ヶ月後、1万円支払う

という選択肢ではどうでしょう?

もらえる場合ほど「今が良い」とは思わないはずです。

つまり、利益では、時間割引の影響が大きくなるのです。

選好の逆転

近い将来では現在が優先されるが、遠い将来では未来が優先される現象が観測されており、これを選好の逆転(Preference reversals)と呼びます。 (参考文献:K.N. Kirby and R.J. Herrnstein, Preference reversals due to myopic discounting of delayed reward, Psychological Science, 6 (1995) 83-89.)

たとえば、

A:今、1000円もらう

B:明日、1100円もらう

では、Aの選択肢が好まれるかもしれません。

一方で、

A:100日後に1000円もらう

B:101日後に1100円もらう

では、Bの選択肢になるのではないでしょうか?

このように、近い将来と遠い将来では選好が逆転する場合があるのです。

この「選好の逆転」現象は、双曲割引が要因となっていると言われています。

最後に

いかがでしたでしょうか。

本記事では、時間選好と現在バイアスについてご紹介しました。

時間選好は、経済学界でとても古くから研究されている分野だけあって、とても奥が深いです。

最近では、現在バイアスという心理学的・行動経済学的な要素も加わり、さらに複雑化してきました。

筆者も精進いたします。

また、本記事の内容が、皆様の参考になれば幸いです。

【確証バイアス:Confirmation Bias】を詳しく解説

確証バイアス(Confirmation bias)は、簡単に言うと

『自分にとって都合の良い情報ばかり集めようとする認知バイアス(バイアス:偏り)の一種』です。

おそらく認知バイアスの中で最も有名で、最も研究されているテーマではないでしょうか?

その分、とても奥が深い心理的概念でもあります。

本記事では、

・確証バイアスの定義
・最初の研究
・発生メカニズム

などの専門的な内容を、具体例をまじえて分かりやすく解説します。

確証バイアス

確証バイアスの定義

アメリカの心理学者レイモンド・S・ニッカーソンは自著の総説論文の中で、確証バイアスを次のように定義しています。

確証バイアス:

『真実性に疑問のある仮説や信念を不適切に補強することを意味する心理学上の概念』

(参考文献:R.S. Nickerson, Confirmation bias: A ubiquitous phenomenon in many guises, Review of General Psychology, 2 (1998) 175-220.)

分かりやすく言い換えると、

確証バイアスは、自分の考えに合った情報ばかり無意識に集めようとする心理傾向のことを指します。

例えば、仮にあなたが

「中国人はマナーが悪い」

という偏った考えを持っていたとします。

すると、中国人のさまざまな行動の中から、悪い態度ばかりが目についてしまいます

その結果、

「ほら、やっぱり中国人はマナーが悪い」

と、さらに自分の考えを強めてしまうのです。

このように、確証バイアスが働くと、自分にとって都合の良いことばかり見てしまうのです。

確証バイアス研究の出発点

心理学の世界では、確証バイアスはかなり昔から考えられていました。

確証バイアスの存在を、実験的に証明したのがイギリスの認知心理学者ピーター・C・ウェイソンです。

その代表的な実験が、

・ルール発見課題(1960年)

 「確証バイアスに関する、その後の研究の出発点となった実験」

・選択課題(1966年)

 「多くの心理学者から確証バイアスが働いていると解釈された実験」

です。

それでは、この2つの実験について説明していきます。

ウェイソンのルール発見課題(1960年)

ウェイソンのルール発見課題

ウェイソンは被験者に「2、4、6」という3つの数字を見せて、

「この数字の並び方には、どのようなルールがあるか」

を推理させる実験を行いました。

ウェイソンが決めた実際のルール(答え)は、単に「数字が大きくなる」でした。

ウェイソンは、ヒントを得る手段として被験者に「自由に3つの数字を回答する権利」を与えました。

そして、回答した3つの数字が、正解のルールに当たっているか、外れているか、その都度教えました。

これらの情報を使って、正解のルールを見つけ出すというシンプルなゲームです。

例えば、被験者が

「5、10、15」

と回答すると、ウェイソンは「当たり」と伝え、

「3、2、1」

と回答すると、ウェイソンは「ハズレ」と伝えました。

このゲームはルールを当てるか、タイムアップ(45分)するか、ギブアップすると終了となりました。

(参考文献:P. C. Wason (1960) On the failure to eliminate hypotheses in a conceptual task, Quarterly Journal of Experimental Psychology, 12:3, 129-140)

この実験で、非常におもしろいことが分かりました。

それは、正解になかなか辿り着けなかった被験者は、ヒントをもらうときに、自分が予想したルールを確認するような数字ばかり回答していたのに対して、

早く正解した被験者は、さまざまな数字の組み合わせを回答していたのです。

例えば、提示された「2、4、6」という数字から

「ルールは2の倍数かな?」と初めに予想したとします。

成績の悪かった被験者は、

「6、8、10」

「10、20、30」

など、予想したルールを確認するような数字を回答する傾向がありました。

一方で、優秀な被験者は、あえて

「1、3、5」(奇数の昇順)

「6、4、2」(偶数の降順)

など、予想に反する数字を言うことで、正解のルールをしぼり込んでいたのです。

ウェイソンは、この実験で

『自分の信念を確認していくだけでは、正しい結論に辿り着けない。信念から脱却することが重要である。しかし、多くの人は自分の信念を維持したがる』

と述べています。

このウェイソンのルール発見課題が、その後の確証バイアス研究のきっかけとなりました。

ウェイソンの選択課題(1966年)

ウェイソンの選択課題

もう一つの実験では、ウェイソンは被験者に4枚のカードを見せました。

そのカードにはそれぞれ、

母音のアルファベット(例:A)

子音のアルファベット(例:D)

偶数の数字(例:4)

奇数の数字(例:7)

が書かれていました。

そして、カードは裏表になっており、アルファベットの裏面には数字が書かれていると説明しました。

次の仮説を証明するためには、どのカードをめくれば良いか、とたずねました。

その仮説が、

「母音の裏は偶数である」

というものです。

正解を先に言うと、「Aと7のカード」です。

ところが、多くの人は「Aのカード」だけ、もしくは「Aと4のカード」を選んだといいます。

(参考文献:(1) Wason, P. C. (1966). Reasoning. In B. M. Foss (Ed.), New horizons in psychology I, Harmondsworth, Middlesex, England: Penguin. (2) Wason, P. C. (1968). Reasoning about a rule. Quarterly Journal of Experimental Psychology, 20, 273-281.)

「Aのカード」をめくる必要があることは、おそらく誰でも分かると思います。

そして、もう一枚めくるとしたら、直感的には「4のカード」をめくって裏に母音が書かれているか確認したい気持ちになりますよね。

しかし、実は「4のカード」の裏が母音であろうが、子音であろうが仮説の検証にはまったく関係がないのです。

仮説の検証に必要な行為は、

・Aのカードをめくって、裏が偶数であることを確認する

・7のカードをめくって、裏が母音でないことを確認する

この2つのです。

なぜなら、この仮説は、奇数のカードの裏に母音が書かれていると成り立たないからです。

この実験では、関係のない「4のカード」をめくって、その裏が母音か確かめたくなる心理こそ確証バイアスではないかと解釈されています。

確証バイアスが発生するメカニズム

多くの人に確証バイアスが生じる原因はいくつかあると考えられています。

心理学者の間で議論されている主なメカニズムについてご紹介します。

願望や欲望から生じる

イスラエル社会心理学者Z・クンダは、人の願望や欲望、好みなどによって間接的に確証バイアスが引き起こされていると主張しています。

(参考文献:Ziva Kunda, The case for motivated reasoning, Psychological Bulletin, 108 (1990) 480-498.)

つまり、人が導き出したいと思うからこそ、その結論が導かれるのです。

例えば、コーヒー好きの人に

「コーヒーは健康に良いか?悪いか?」

とたずねたならば、健康に良いという情報ばかり探すでしょう。

そして、健康に悪いという情報は軽視してしまいます。

このように、自分の願望や欲望、好みに反する証拠を過小評価してしまい、これが確証バイアスに繋がっていくのです。

ポジティブ・テスト・ストラテジー

人は、ある仮説の真偽を確かめようとするときに、肯定的な答えが返ってくる質問を好む傾向があります。

これをポジティブ・テスト・ストラテジーと呼びます。

(参考文献:J. Klayman and Y. Ha, Confirmation, Disconfirmation, and Information in Hypothesis Testing, Psychological Review, 94 (1987) 211-228.)

このことが確証バイアスを発生させる要因の一つになっている可能性があります。

例えば、誰かに

「A型の人は几帳面だと思いますか?」

と聞かれたとします。

多くの人は、A型で几帳面な性格の知り合いを片っ端から思い出そうとするでしょう。

そして、該当者を見つける度に、信念が強まっていき、最終的に、

「A型の人は几帳面だと思います!」と回答するのではないでしょうか?

しかし、この調査方法には致命的な欠陥があります。

それは、他の血液型の人のことをまったく調べていないことです。

もしかしたら、AB型の友人も、A型の友人と同じくらいの割合で几帳面な人がいるかもしれません。

あるいは、すべての血液型で性格に違いはないかもしれません。

このように、多くの人は仮説に対して肯定的な答えが返ってくる調べ方をします。

そして、本来調べなければならない「AB型、O型、B型は几帳面ではない」といった否定的な調べ方をしない傾向があるのです。

これが確証バイアスが発生する可能性の一つです。

脳の処理の限界

脳のワーキングメモリには、一度に一つの仮説についての情報しか入れることができないと言われています。

(参考文献:C.R. Mynatt, M.E. Doherty and W. Dragan, Information relevance, working memory, and the consideration of alternatives, The Quarterly Journal of Experimental Psychology, 46 (1993) 759-778.)

つまり、人は一度に一つのことしか考えられないのです。

そして、自分が正しいと思う仮説のみを検証してしまいます。

これが確証バイアスの発生する理由の一つだと考えられています。

例えば、家を買うなら「戸建て」か「マンション」かという議論はよく耳にしますよね?

人は両方の立場から、同時に物事を考えられません。

つまり、戸建て派の人は、「戸建てが良い」という情報で、短期的に脳がいっぱいになってしまうのです。

その結果、もう片方の情報を軽視してしまいます。

これが確証バイアスとなるのです。

確証バイアスを誘発させる方法

確証バイアスは、特定の条件によって強制的に発動させることが可能です。

アメリカの心理学者エドワード・R・ハルトやスティーブン・J・シャーマンの研究によると、人はある仮説が起こることを想像したり、説明したりするように他人から求められると、その仮説が本当に起こると感じるようになります。

(参考文献:(1) E.R. Hirt and S.J. Sherman, The role of prior knowledge in explaining hypothetical events, Journal of Experimental Social Psychology, 21 (1985) 519-543. (2) S.J. Sherman, K.S. Zehner, J. Johnson and E.R. Hirt, Social explanation: The role of timing, set, and recall on subjective likelihood estimates, Journal of Personality and Social Psychology, 44 (1983) 1127–1143.

例えば、来週の読売ジャイアンツ阪神タイガースの試合で、あなたの友人に

ジャイアンツが勝つことを想像させる

ジャイアンツがなぜ強いか説明させる

などの行為をさせることによって、その友人はジャイアンツが勝つ確率を実際よりも高めに見積もるようになります。

つまり、意図的に他人の推理を偏らせることができるのです。

確証バイアスの危険性

確証バイアスをそのまま放置していると、豊かな人生を送ることはできません。

どのような欠点があるかを認識して、事前に対策を講じておきましょう。

差別や偏見

確証バイアスは偏見や差別につながる恐れがあります。

例えば、もともと「女性はおしゃべりが好きだ」という偏見を持っている人は、女性の中にはおしゃべりな人もそうでない人もいるにも関わらず、おしゃべりな一面ばかり目についてしまいます。

その結果、「やっぱり女性はおしゃべりだ」という信念がさらに強まってしまうのです。

このように、特定の情報だけを無意識に選別する確証バイアスは、差別や偏見の元となる場合があります。

もし、そのような差別や偏見をなくしたいと考えているのであれば、あなたはもうすでに大丈夫です。

確証バイアスのことを詳しく知ったことによって、意識的に自分の行動や考えを制御することができるからです。

差別や偏見の思考に陥りそうになったら、ぜひ確証バイアスのことを思い出してください。

ネガティブな情報ばかり集める

確証バイアスは、偏った情報のみを集めてしまう特性があります。

そのため、一度ネガティブな方向に偏ると、取り返しのつかなくなることがあります。

例えば、子育ての経験がある人の多くは、自分の子供の成長について、何かしらの心配事があると言われています。

その中でも特に、おしゃべりが遅い場合には

「もしかして発達に何か問題があるのでは?」

と、とても不安な気持ちになりますよね。

そのようなときに確証バイアスが働いてしまうと、

「これもできない・・・」

「あれもできない・・・」

と、出来ないことに注意が向いてしまいがちになり、さらに不安を募らせてしまいます。

不安を克服するためには、できないことを考えるのではなくて、「何ができるか」を考えてみましょう

「これもできる!」

「あれもできる!」

と、できることを数えていけば、自信がわいてくるでしょう。

ネガティブな情報に偏る傾向は、ネガティビティバイアスという別の認知バイアスも関与しています。

もしよければ、以下の記事を参考にしてください。

daily-psychology.hatenablog.com

まとめ

本記事では確証バイアスについて専門的に解説しました。

◇ 確証バイアスの定義 ◇
【専門化向けの定義】
真実性に疑問のある仮説や信念を不適切に補強することを意味する概念
【初心者向けの定義】
自分の信念に合った情報のみを集めようとする心理傾向
◇ はじまりの実験 ◇
ウェイソンのルール発見課題(1960年)
ウェイソンの選択課題(1966年)
◇ 発生メカニズム ◇
・願望や欲望から生じる
・ポジティブ・テスト・ストラテジー
・脳の処理の限界

【ダニング-クルーガー効果】具体的な研究事例で分かりやすく解説

ダニング-クルーガー効果とは、分かりやすく言うと、

自分のことを賢く有能だと過信してしまう認知バイアス(バイアス:偏り)です。

本記事では、ダニング-クルーガー効果の

・言葉の定義
・強い人の特徴
・研究事例
・発生メカニズム

について、分かりやすく説明します。

ダニング-クルーガー効果

ダニング-クルーガー効果の定義

能力の低い人ほど、自分の能力を正確に見積もることができない現象です。

その結果、能力の低い人間は、自分の持つ知識やスキルを実力以上に評価してしまう傾向が見られます。

この効果は、1999年にアメリカの社会心理学者デイヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガーによって発表されました。

2人は、行動テスト実験を行った結果

・成績の悪かった人は、自分の行動を過大評価する

・成績の良かった人は、自分の行動をわずかに過小評価する

という傾向を発見しました。

(参考文献:J. Kruger and D. Dunning, Unskilled and Unaware of It: How Difficulties in Recognizing One's Own Incompetence Lead to Inflated Self-Assessments, Journal of Personality and Social Psychology, 77 (1999) 1121-1134.)

ダニング-クルーガー効果が顕著な人

ダニング-クルーガー効果は世界中で確認されている現象です。

そのため、あなたのまわりにも次のような人がいるのではないでしょうか?

  • 少し知識をかじったくらいで、専門家ぶる

  • 過去の業績をいつまでも自慢している

  • 自分の仕事に関して、その分野のすべてを知っていると思っている

  • 知ったかぶりをしてまで、答えようとする

このような人たちは、ダニング-クルーガー効果が強く現れている人かもしれません。

研究事例

ダニング-クルーガー効果は、いろいろな場面で確認されています。

そして、多くの研究者によるさまざまな研究事例の報告があります。

その代表的な例をいくつか簡単にご紹介します。

学力テスト

学力試験でもダニング-クルーガー効果の発生が確認されています。

例えば、ホープ大学のショーネシーは、学生の自信判断の正確さとテストの成績の関係を調べるために、大学生らに学力テストを実施しました。

ショーネシーは、学生たちが問題を解くたびに

  1. 正解
  2. おそらく正解
  3. おそらく不正解
  4. 不正解

と確信度を記入させました。

テスト終了後に、学生たちを成績順に

  • 上位グループ
  • 2番グループ
  • 3番グループ
  • 最下位グループ

と4つのグループに分けました。

そして各グループの実際の成績と確信度が、どれぐらい合っていたかチェックしました。

その結果、上位グループほど、自己判断が正確であることが分かりました。

(参考文献:J.J. Shaughnessy, Confidence-Judgment Accuracy as a Predictor of Test Performance, Journal of Research in Personality, 13 (1979) 505-514.)

文章読解力

文章を読む力がない人や読むスピードが遅い人にも、ダニング‐クルーガー効果は働きます。

1994年に、ノースダコタ州立大学のマキらは、文章理解能力と自己評価能力の関係を調べるために、次のような実験を行いました。

集めた被験者に、文章の読解力を計測するためのいくつかのテストを実施しました。

その際に、被験者には自分の回答の出来栄えを自己評価してもらいました。

その結果、理解度の高い人や読むスピードが速い人は、そうでない人に比べて、的確に自己評価できることが分かりました。

(参考文献:R.H. Maki, D. Jonas and M. Kallod, The relationship between comprehension and metacomprehension ability. Psychonomic Bulletin & Review, 1 (1994) 126-129.)

薬剤師の教育プログラム

薬学というニッチな分野でも、ダニング‐クルーガー効果は発揮されます。

トロント大学のオースティンらは2008年に、薬剤師の教育プログラムにおけるダニング‐クルーガー効果を調査しました。

彼らは、カナダで薬剤師免許取得を目指す薬学部卒業生にテストや口頭試問、臨床試験などを実施して、その内容をベテラン薬剤師に評価してもらいました。

その際に、卒業生らにも試験の内容について自己評価してもらいました。

その結果、最も成績が悪かったグループ(4グループ中)は、自己評価がベテラン薬剤師の評価と最も大きくかけ離れていることが判明したのです。

(参考文献:Z. Austin, P.A.M. Gregory and M. Galli, “I just don’t know what I’m supposed to know”: Evaluating self-assessment skills of international pharmacy graduates in Canada, Research in Social and Administrative Pharmacy, 4 (2008) 115-124.)

ディベート大会

相手を論破する力が低い人も、自分の能力を過信するダニング‐クルーガー効果に支配されてしまいます。

エーリンガーらは、コーネル大学で開催されたディベート大会で、ダニング‐クルーガー効果を検証しました。

ディベート大会の参加チームには、審査員の点数とは別に、自己採点してもらいました。

ディベートの後、評価の高い順に参加チームを4つにグループ分けしました。

その結果、上位グループは審査員の得点と自己採点の差が0.1点だったのもかかわらず、最下位グループでは1.1点も過大評価していることが分かりました。

(参考文献:J. Ehrlinger, K. Johnson, M. Banner, D. Dunning and J. Kruger, Why the unskilled are unaware: Further explorations of (absent) self-insight among the incompetent, Organizational Behavior and Human Decision Processes, 105 (2008) 98-121. のstudy 2)

ゲーム

ボードゲームやカードゲームでも、条件によってはダニング‐クルーガー効果が現れる場合があります。

北京大学のパクとローザンヌ大学(スイス)のサントス-ピントは、次のような調査を実施し、非常に面白いことが分かりました。

彼らは、チェスのトーナメントとポーカーのトーナメントの各プレーヤーを対象に、プレーヤー自身の事前予想と試合後の結果を比較しました。

その結果、どちらの種目でもプレーヤーは自分の勝利を過信していました。

しかし、チェスでのみ、「弱いプレーヤーほど自信過剰が強くなる傾向」が見られました。

この違いは、チェスが実力に左右されるゲームなのに対してポーカーは運要素が大きいゲームであることが、関係していると考えられました。

(参考文献:Y.J. Park and L. Santos-Pinto, Overconfidence in tournament: evidence from the field, Theory Dec. 69 (2010) 143-166.)

起こるメカニズム

ダニング‐クルーガー効果はどうして起こるのでしょうか?

その理由として考えられている理論が、

  1. 無知による二重の負担

  2. 平均への回帰

です。

無知による二重の負担

ダニングは、ダニング‐クルーガー効果が起こる原因を「無知による二重の負担(The double burden of incompetence)」という言葉を使って説明しています。

(参考文献:D. Dunning, The Dunning-Kruger effect: On being ignorant of one’s own ignorance, Advances in Experimental Social Psychology, 44 (2011) 247-296. (3章「The dunning-Kruger Effect」の2項「The double burden of incompetence」より))

これはどういうことか説明すると、まず能力の低い人は、無知であるために多くのミスを犯します

これが第一の負担です。

さらに第二の負担として、このような人は無知ゆえに「自分が能力の低い人間である」ということを自覚できないのです。

この「無知による二重の負担」によってダニング‐クルーガー効果が引き起こされているのです。

 

さらに深掘りすると、無知による二重の負担が生じる理由は、

「ある専門分野の能力」

「その能力を評価する能力」

が同じ知識がもとになっているからです。

例えば、文章能力に卓越した人物がいるとします。

この人物は、文章表現のさまざまな技法を知っているので、自分がどの程度の文才か把握することができます。

一方で、文章能力のない人間は、その分野の知識がほとんどありません。

そのため、自分の文章能力が一体どのくらいのレベルなのかさえ理解できないのです。

しかし、能力が低い人でも、自分の知っている範囲で自分を評価してしまうため、結果として都合よく解釈してしまうというのです。

たとえ話をすると、これは登山家が、その山の全容を知らずに、

「今、何合目にいるか?」

を知ろうとしているようなものです。

このようにして、能力の低い人間はダニング‐クルーガー効果を発生させるのです。

平均への回帰

ダニング‐クルーガー効果が観測されるメカニズムとして、もう1つの理由が考えられています。

クリューガー*とミューラーは、「平均への回帰」という現象が起こっている可能性があると述べています。(*クルーガー氏とは別の研究者です)

(参考文献:J. Krueger and R.A. Mueller, Unskilled, unaware, or both? The Better-Than-Average heuristic and statistical regression predict errors in estimates of own performance, Journal of Personality and Social Psychology, 82 (2002) 180-188.)

平均への回帰とは何かというと、ある試験で1回目の点数が非常に悪かった場合、2回目の試験の点数は、1回目より平均に近くなるという統計学的な現象です。

例えば、小学校のマラソン大会でビリだった生徒は、次のマラソンではビリより少し順位を伸ばすことがよくあります。

これは、一回目で起こった偶然の不運などが解消されたりするからです。

つまり、成績は実力に加えて、その日の運や状況、あるいは偶然誤差などに左右される部分があります。

これにより、たまたま1回目でビリだった人やトップだった人は、2回目では少し平均の順位に近づく場合が多いのです。

これと同じことが、ダニング‐クルーガー効果でも起きている可能性があると考えられています。

つまり、各研究者たちが行った実験で、偶然にも最も悪い成績を出した人たちは、平均への回帰によって自己評価が実際の成績より平均値に近づいたのです。

その結果、自己評価が過大評価しているように見えてしまっているというのです。

もう少し分かりやすく説明すると、

実験の被験者たちは皆、テスト前は相応の自己評価をした

偶然にも、本来の実力よりも悪い成績を出した被験者がいた

終わってから見ると、あたかも過大評価していたように見える

ということです。

しかし、ダニング‐クルーガー効果が起こる原因は、平均への回帰だけでは説明がつかないと言います。

つまり、平均への回帰と無知による二重の負担が合わさって、起こっているのです。

すべての人に起こりうるか?

残念ですが、ダニング‐クルーガー効果は、あらゆる人に起こりうると考えられます。

なぜなら、どんなに優秀な人でも、あらゆる分野の知識を持っているわけではないからです。

つまり、数学の天才は、数学の分野ではダニング‐クルーガー効果を受けないかもしれませんが、苦手な国語では受けてしまうでしょう。

不得意な分野がない人は、おそらくこの世にはいません。

苦手な分野がある以上、その分野でダニング‐クルーガー効果が発揮されてしまうでしょう。

それを防ぐためには、どの分野にせよ勉強して知識を付けることが重要です。

筆者からのコメント

ダニング‐クルーガー効果は知識が増えるほど、改善されていきます。

これは、その分野の知識が増えることで、周りを見渡す力がついてくるからです。

おそらく、勉強すればするほど、過去の自分がいかに浅はかだったか思い知ることでしょう。

この感覚は、「大人になって、中学二年生のころの黒歴史を恥ずかしく思う感覚」に似ているような気がします。

そう考えると、中二病もダニング‐クルーガー効果なのではないかと思えてきませんか?

まとめ

本記事では、ダニング‐クルーガー効果について解説してきました。

最後に本記事の内容を簡単にまとめます。

◇ ダニング‐クルーガー効果の定義 ◇
能力の低い人ほど、自分の能力を正確に見積もることができない認知バイアス
◇ 提唱した人物 ◇
アメリカの社会心理学者デイヴィッド・ダニングとジャスティン・クルーガー
◇ 発生メカニズム ◇
・無知による二重の負担
・平均への回帰

【公正世界信念】特徴と具体例を分かりやすく解説

おそらく、世界中の多くの人は、

・努力は必ず実をむすぶ

・悪い人には、いずれ天罰が下る

・善良な行いは、きっと誰かが見てくれている

と信じていると思います。

とても残念ですが、現実世界はそうとは限りません。

世界は公正にできているはずだと過度に信じる傾向を「公正世界信念」、あるいは「公正な世界への信念」(beliefs in a just world)と言います。

本記事では、公正世界信念について分かりやすい解説します。

公正世界信念

公正世界信念の定義

公正世界信念(beliefs in a just world)とは、自分の行いに対して、ふさわしい結果が返ってくるという信念、あるいはそう願う、ある種の欲求です。

アメリカ人社会心理学者メルヴィン・J・ラーナー(1929年〜)によると、多くの人がこのような信念や欲求を持っているといいます。

(参考文献:M.J. Lerner, (1980). "The belief in a just world", In: M.J. Lerner (Ed.), The belief in a just world: A fundamental delusion, Springer, New York, 1980, pp. 9-30.)

つまり、正しいことをした人間には良い事が起こり、悪いことをした人間には悪い結果がもたらされるべきだと、多くの人が思っているということです。

例えば、世の中は公平であり、一生懸命働けば出世できると信じたいのです。

◇ ポイント! ◇
公正世界信念と同じような意味で使われる言葉として
公正世界仮説(just world hypothesis)
・公正世界現象(just world phenomenon)
・公正世界誤謬(just world fallacy)
・公正世界理論(just world theory)
があります。

世の中は公正か?

公正世界誤謬(誤謬:考えの誤り)という言葉があるように、現実は公正ではありません

仮に、この世界が公正だったとしたら、次のようなことが起こり得るでしょう。

・勉強量の多い人から順に、東大に合格する
・犯罪をすれば、必ず逮捕される
・一生懸命働いた人ほど、お給料が多い

確かに、努力するほど良い結果になる可能性は高くなります。

しかし、

「たいして勉強していないのに頭良いヤツ」もいれば、

ガリ勉なのに、成績伸びない子」もいます。

このように、現実は完全な公正世界ではないのです。

公正世界信念が強い人の特徴

アメリカの心理学者ツィック・ルビンとレティティア・ペプローによると、公正世界信念には個人差があります。

そして、強い人は以下のような特徴があると言います。

  • 犠牲者を強く非難する傾向がある
  • 権力に従いやすい
  • 信心深い

(参考文献:Z. Rubin and L.A. Peplau, Who Believes in a Just World?, Journal of Social Issues, 31 (1975), 65-89.)

この3つの特徴について、これから具体的に説明したいと思います。

犠牲者への非難

公正世界信念の考えがエスカレートしていくと、事件や事故の被害者を必要以上に責める傾向が見られます。

つまり、「不幸な出来事が起こった人間は、それ相応の行いをしてきたからだろう」と考えてしまうのです。

例えば、このような人たちは、新型コロナウイルスの感染者に対して、厳しい態度を取ります。

・手洗いや手指消毒をしなかったせいだ
・ちゃんとマスクをしていなかったのではないか
・自粛ルールを守っていないからだ

このように、感染した原因が、本人たちの落ち度だと考えてしまうのです。

しかし、実際には十分に感染対策をしている人でもウイルスに感染する場合もありますし、逆もそうです。

公正世界信念の強い人は、被害者が受けた結果は自業自得だと誤って考えてしまうのです。

権力に従順

公正世界信念が強い人は、権力に従いやすい傾向があります。

例えば、政府の意見や方針に対して、あまり疑問を抱かずに受け入れてしまいます。

なぜかと言うと、公正世界信念の強い人たちは「偉い人=有能、努力家」と感じるからです。

他にも、Appleの元CEOスティーブ・ジョブズAmazonの元CEOジェフ・ベゾスなどの資産家に対しても、

「相当な努力を重ねたから、幸運を掴んだに違いない」

と考えています。

しかし、すべての偉い人や億万長者が、皆優秀で努力家だったと言われれば、そうではありません

親が国の偉い人だったから政治家になれた人や、宝くじが当たったから大金持ちになった人もいます。

国の偉い人が皆優れていると感じるのは、公正世界信念によって作られたイメージに過ぎないでしょう。

宗教心が強い

公正世界信念の傾向が顕著な人は、信心深くもあります

つまり、世界は公正だと感じている人々は、神や自然といった超越的な存在に対しても信頼度が高くなると言うのです。

その理由としては、公正世界信念の強い人が、そもそも信じる力が強いからではないかと考えられます。

グローバル公正世界信念尺度

先ほども説明したとおり、公正世界信念の強さは、人によって異なります。

つまり、自分の行いは必ず自分に返ってくると信じている人もいれば、そう思っていない人もいるということです。

その強さを調べる方法に、グローバル公正世界信念尺度というものがあります。

これは、ルビンとペプローが作成した測定法をアイザック・リプクスが改良したもので、以下のような質問表です。

次の7つの質問に、どれくらい当てはまるか1点〜6点をつけてください。

1点:まったく当てはまらない

2点:当てはまらない

3点:あまり当てはまらない

4点:少し当てはまる

5点:当てはまる

6点:とても当てはまる

質問1:与えられた権利は手に入れることができると思う。

質問2:努力はまわりの人が見てくれて、報われると思う。

質問3:自分が得た報酬は、自分の勝ち取ったものだと思う。

質問4:不幸な人は、本人が招いた結果だと思う。

質問5:人は自分にふさわしいものを得ることができると思う。

質問6:報酬や罰は公平に与えられると思う。

質問7:基本的に世界は公平なところだと思う。

※ 原文は英語です。日本語に訳したことにより、本来の意図とは若干異なる表現になっている可能性がありますが、ご容赦ください。

(参考文献:I. Lipkus, The construction and preliminary validation of a global belief in a just world scale and the exploratory analysis of the multidimensional belief in the just world scale, Person. Individ. Diff., 12 (1991) 1171-1178.)

実際に、リプクスがノースカロライナ大学の学生に上記の質問をしたところ、平均点は24点でした。

つまり、24点より多ければ、公正世界信念が比較的強く、少なければ比較的弱いと考えられます。

公正世界信念が生じる理由

公正世界信念は、多くの人が持っている理想です。

ではなぜこのような考え方が生じるのでしょうか?

テレビや漫画の影響

ピアジェの内在的正義」を参考にして、ルビンとペプローは、「公正世界信念は子どもの発達とともに備わってくる性質」だと言っています。

例えば、仮面ライダープリキュアなどのヒーロー作品では、正義が悪を必ず倒します。

子どもの頃に、このようなテレビ番組や漫画を見ることによって、世界公正信念が強化される可能性があるのです。

要するに、成長とともに

「正義は必ず勝ち、悪は必ず裁かれる」

という信念が自然と刷り込まれていくのでしょう。

やる気アップのため

ラーナーによると、公正世界信念が引き起こされるもう一つの理由は、無気力から我々を守るためです。

要するに、やる気をアップさせるためということです。

例えば、我々は「努力は報われる」と信じているから、実際に努力できるのです。

もし、このような信念がなければ、目標に向かって努力することは困難になってしまうでしょう。

このように、公正世界信念は、我々を無力感をから開放してくれているのです。

不安を減らすため

別の理由として、精神的な不安を和らげられることが挙げられます。

人は誰でも犯罪の被害者になりたくありません。

「犯罪の被害に遭うかもしれない」

と日頃から考え過ぎてしまうと、不必要に心配になってしまいます。

そこで、人は

「犯罪に遭うのは、被害者にも非があるからだ」

と考えることによって、自分を被害者の対象から除外しているのです。

例えば、暴行事件のニュースを見たら、

「夜に1人で歩いているからだ」

などと被害者に過失があるように考えてしまいます。

そう思うことで、「自分は大丈夫」と安心させているのです。

公正世界信念の重要性

ラーナーとミラーによると、この信念のおかげで我々は、安定した秩序ある社会を、安心して暮らしていけるのだと言います。

(参考文献:M.J. Lerner, and D.T. Miller, Just world research and the attribution process: Looking back and ahead, Psychol. Bull. 85 (1978) 1030–1051.)

公正世界信念が働くことによって例えば、

・不公平さに素早く対処する
・精神的な健康を維持する
・自尊心を高める
・モチベーションを上げる

といったメリットが生まれます。

公正世界信念が強すぎると、被害者非難というマイナス面も生じます。

しかし、適度な公正世界信念は、我々が生活していく上で多くの利点があると言えるでしょう。

まとめ

本記事では、社会心理学者メルヴィン・J・ラーナーが見出した公正世界信念について説明しました。

◇ 定義 ◇
自分の行いに対して、ふさわしい結果が返ってくるという信念
または、世界が公正であって欲しいと願う欲求
◇ 特徴 ◇
犠牲者非難
権力に従順
信心深い
◇ 生じる理由 ◇
テレビや漫画の影響
やる気アップのため
不安を減らすため

対応バイアスとは?特徴・具体例・原因・克服法を分かりやすく解説

対応バイアスは、よくある偏見の一つです。

例えば、あなたは列に割り込んでくる人を見て

「マナーのない人だ」

と思ったことはありませんか?

おそらく、ほとんどの人がそう思うでしょう。

でも、もしかしたらその人には何か特別な事情があるのかもしれません。

このように、「他人の行動を、その人の人格に由来するものだと決めつける」傾向を心理学では、対応バイアス(バイアス:偏り)と呼んでいます。

本記事では、対応バイアスの
  • 定義
  • 原因
  • 具体例
  • デメリット
  • 克服法

についてわかりやすくご紹介します。

対応バイアス

対応バイアスとは?

定義

他人の態度に対して、環境的・状況的要因を過小評価し、個人的・性格的要因を過大評価する傾向です。

(参考文献:D.T. Gilbert, and E.E. Jones, Perceiver-induced constraint: Interpretations of self-generated reality, Journal of Personality and Social Psychology, 50 (1986), 269–280.)

対応バイアス(Correspondence bias)という言葉は1986年に、心理学者のギルバートとジョーンズによって初めて使われました。

対応バイアスの意味を、もう少しかみ砕いて説明すると、

他人が何か行動を起こしたとき、その行動はその人の性格によるものだと考え、その人が置かれている状況によるものではないと考える」傾向のことです。

例えば、ある母親がその子供を怒鳴りつけているシーンを見かけたら、あなたはどう思いますか?

A 「気性の荒い母親だ」

B 「子供が何か悪いことでもしたのだろう」

おそらく多くの人はAを選ぶと思います。

Aの選択肢のように、激怒した原因を母親の性格によるものだと考える傾向が、対応バイアスなのです。

◇ ポイント! ◇
「対応バイアス」と同じような心理現象は、実は1960年代頃から盛んに研究されていましたが、当時は過度の帰属(Overattribution )や基本的帰属のエラー(Fundamental attribution error )などと呼ばれていました。

 

どのようにして対応バイアスが発生するのか?

心理学者のギルバートとマロンは、対応バイアスが発生するメカニズムを調査し、以下の4つの理由があると結論づけました。

  • 状況を考慮する前に自動的に判断するから
  • 状況を把握しきれないから
  • 現実と自分の予想がズレているから
  • 他人の性格を間違って推理してしまうから

(参考文献:D.T. Gilbert and P.S. Malone, The correspondence bias, Psychological Bulletin,117 (1995), 21-38.)

上記の4つの理論は難しいので、分かりやすく表現をデフォルメしています。

それでは、順に詳しく説明します。

状況を考慮する前に自動的に判断するから

対応バイアスが発生する最大の原因は、状況を考えに入れる前に即座に判断してしまうことだと説明されています。

まず、人は相手の行動の要因を推理するときに、

  • 相手の行動をカテゴリー分けする
  • 相手の感情を読む
  • 状況を考慮に入れる

という順番で頭の中で考えていき、最後に判断を下します。

例えば、あなたが家に着くと、あなたの両親が口論していました。

あなたはまず、

「①夫婦げんかだ」

とカテゴリー分けするでしょう。

次に、

「②父に対して、母が激怒している」

と感情を読みます。

そして、辺りを見回して

「③結婚記念日のプレゼントがないという状況」

に気づいたあなたは、最終的に

「父が結婚記念日を忘れたから、母が怒っているのかもしれない」

と判断するでしょう。

実は3つの順序のうち、①と②は脳が自動的に処理してしまうと言われています。

自分が意識的に考えるのは③だけです。

つまり、逆に言うと、意識して状況を考えてあげないと、思考が②で止まったまま判断してしまうのです。

先程の例で言うと、

「②母が怒っている」

で止まってしまい、その結果、母は怒りっぽいと性格的な原因に行き着いてしまうのです。

これが対応バイアスが発生する最も有力なメカニズムです。

状況を把握しきれないから

対応バイアスバイアスが起こるもう一つの理由は、行動した人の事情や状況が、本人にしか分からないことです。

つまり、他人からすると状況が見えにくいので、行動した人の性格に原因を帰属させるしかないのです。

例えば、あなたが「殺人事件」のニュースを見たとします。

おそらくあなたは「犯人はかなり凶悪だ」という第一印象を抱くでしょう。

しかし、実は犯人は正当防衛の結果、相手が不運にも亡くなってしまったのだとしたら、果たして性格は「凶悪」と言えるでしょうか。

このように、他人は、行動者の置かれている状況を把握しきれていないから対応バイアスが起こるのです。

現実と自分の予想がズレているから

対応バイアスが起こる3つ目の原理は、自分が他人の行動を見たときに、実際とは少し違って予想してしまうことです。

例えば、やさしい性格の人は、いかなる状況であっても暴力は振るわないだろうと、多くの人は予想してしまいます。

しかし、実際には、やさしい性格の人だって状況によっては暴力を振るうこともあります。

また、職場のデスクの上がとても散らかっている人は、おおざっぱな性格の人だろうと、ほとんどの人は予想するでしょう。

しかし、実際には几帳面な人でも、仕事がとても忙しければ机が汚くなってしまうときもあります。

このように人は、他人の性格とその人の行動を過剰に関連付けてしまっているのです。

その結果、実際と自分の予想がズレて、対応バイアスが生じるのです。

他人の性格を間違って推理してしまうから

一般的に、人は他人の行動から、その人の性格を考えようとします。

しかし、逆に周りの状況から、その人の性格を推理することがあります。

それが、対応バイアスを引き起こす場合があります。

例えば、あなたがとても怒っている人を見かけたら、「怒りっぽい人なのかな」と思うでしょう。

しかし、誰が見ても明らかに怒ってもおかしくない状況で怒っていたならば、怒りっぽい性格とは思わないはずです。

普通の人が怒らない状況で怒るからこそ、行動が性格に帰属されるのです。

ところが、怒ってもおかしくない状況でも、その状況を上回るような勢いで激怒していたら、さすがに怒りっぽい人だと思われるかもしれません。

このように同じ「怒る」でも、さまざまな状況によって人の感じ方は変わります。

つまり、相手の真の気持ちや性格を推理することは難しいのです。

そして、性格の推理を間違えてしまうと、対応バイアスが生じてしまうのです。

対応バイアスの具体例は?

対応バイアスのような偏見はよくあることです。

そのため、日常生活で目にする機会も多いでしょう。

犯罪者=極悪人?

罪を犯すような人は基本的には悪い人です。

そして、罪を重ねる人や重い罪を犯した人は、とても凶悪なイメージがあります。

しかし、犯罪を繰り返す人ほど性格が残忍かと言われれば、そうとは限りません。

一部の犯罪者は、出所しても社会で生きていく術を知らないために、仕方なくまた犯罪に手を染めてしまうケースもあると言います。

多くの人は、第一印象で犯人=根っからの悪人と考えがちですが、少なからず状況的な要因もあるのです。

助けてくれない=思いやりがない人?

仮に、あなたが大学のレポートが分からなくて困っていたとします。

その上、明日までに提出しなければならないため、とても焦っています。

そこで、あなたは同じ学科の友人に協力をお願いしましたが、残念ながら断られてしまいました。

おそらくあなたは、

「なんて思いやりのないヤツなんだ!」

と感じることでしょう。

しかし、よく考えてみれば、きっと相手にも都合があるはずです。

もしかすると、相手もあなたのことを助けたいと思っているのに、どうしてもやらなきゃいけない用事があるのかもしれません。

レポートを助けてくれないからといって、思いやりがないとは限らないでしょう。

助けてくれる=やさしい人?

上の例と同様に、またあなたが大学のレポート課題で困っているとします。

友人に助けを求めたところ、今度は快く承諾してくれました。

おそらくあなたは、

「友達思いのやさしいヤツだ!」

と思うでしょう。

しかし、もしその友人が異性であるならば、あなたに下心を抱いているだけかもしれません。

あるいは、何か見返りを求めているのかもしれません。

「助けてくれた」という行動だけで、相手の人柄を判断するのは、典型的な対応バイアスでしょう。

対応バイアスによる不利益

対応バイアスは、物事を自動的にすばやく判断してしまうために起こる現象です。

そのため、事態に早く反応できるというメリットがあると思います。

その一方で、「騙されやすくなる」というデメリットもあります。

例えば、あなたに対し、誰かがとても親切なことをしてくれたとします。

たとえそれがあなたの財産目的の行動だとしても、もしあなたが対応バイアスの強い人間ならば、

「この人は、とてもイイ人だ!」

と素直に感じてしまうかもしれません。

対応バイアスが強ければ、それだけ状況を考慮できないことになりますので、騙される可能性が高くなると言えるでしょう。

対応バイアスの克服法

対応バイアスは、できることなら克服するべきです。

なぜなら、人間関係において無用のトラブルを発生させるリスクがあるからです。

そして、将来的に対応バイアスを克服できたならば、他人の行動が

・環境的な要因で引き起こされたのか?

・本人の性格から引き起こされたのか?

を的確に判断できるようになります。

ぜひ次の3つの方法を実践してみてください。

相手の行動の原因を意識的に考える

対応バイアスのような偏見を減らすには、

「なぜ相手はそのような行動をしたのか?」

「そのとき周りの状況はどうだったか?」

など、相手の行動の原因を意識して考えることです。

なぜなら、対応バイアスは、無意識に脳が判断してしまうために起こる現象だからです。

そのため、判断するときに意識的に物事の原因を考えることによって、対応バイアスを抑制することができるのです。

冷静に状況を分析する

対応バイアスが強い人は、すばやく結論を出そうとする傾向があります。

すぐに判断すると、状況に関する情報がほとんど入ってきません。

そのために、間違った判断をしてしまうのです。

そこで、一度冷静になり、意図的に状況を分析する時間を作れば、対応バイアスに対処できると考えられます。

相手の行動に利害が伴うか調べる

相手の行動に

・利益が生じるか

・損害が生じるか

その行動の背景を知ることができれば、対応バイアスを抑制することができます。

例えば、あなたは入社したての男性社員で、同じ部署の先輩の男性が、

「俺のおごりで、今日は飲みに行こう!」

と誘ってくれたとします。

この場合、相手は金銭のマイナスが生じてでも、あなたのことを気にかけてくれているので、純粋に面倒見の良い先輩の可能性が高いです。

一方で、もしあなたが女性の新入社員で、かつ相手があなたに好意を持っているのならばどうでしょう?

相手には、「あわよくば交際できるかもしれない」という利益が生じることになるので、一概に面倒見の良い先輩とは言い切れません。

このように、相手の行動に利害が伴うよく調査することで、相手の真の目的をはっきりさせることができるでしょう。

まとめ

最後に、本記事の内容を簡単にまとめました。

◇ 定義 ◇
他人の態度に対して、状況的要因を軽視し、性格的要因を重視する傾向
◇ 発生する原因 ◇
①状況を考慮する前に、すぐに判断してしまうから
②他人の事情を知らないから
③自分の予想しているほど減じるはあまくないから
④他人の気持ちを読み違えてしまうから
◇ デメリット ◇
他人から騙される可能性が高くなる
◇ 克服法 ◇
①相手の行動の原因を意識的に考える
②冷静に状況を分析する
③相手の行動に利害が伴うか調べる

 

最後までご覧いただきまして、ありがとうございました。

【内集団バイアス】特徴や具体例、克服法をわかりやすく解説

同じ県の出身と聞いて、妙に親近感が湧いた経験はありませんか?

また、スポーツを観戦しに行って同じチームのサポーターと意気投合したことはありませんか?

これらの感情や行動は、「内集団バイアス」という認知の偏りによって引き起こされています。

本記事では、内集団バイアスの特徴・原因・具体例・克服法などを分かりやすく解説していきます。

内集団バイアスとは?

内集団バイアスの定義

内集団バイアスとは、自分が所属するグループ(内集団)の人を優遇する心理傾向です。

この心理的な性質は、1973年に心理学者のビリッグとタージフェルによって提唱されました。

参考文献:M. Billig, and H. Tajfel, Social categorization and similarity in intergroup behavior, European journal of social psychology, 3 (1973) 27-52.

彼らは実験で、コイントスや絵の好みによって集団を2つに分け、個人の行動をよく観察しました。

その結果、同じグループの人を特別扱いする行為(内集団ひいき)が観測され、内集団バイアスの存在が示唆されました。

内集団バイアスの本質は、あくまでも「仲間へのひいき」です。

しかし、グループ内の内集団バイアスが強化されていくと、

内集団ひいき

   ↓

外のグループを蔑視・敵視

   ↓

グループ間抗争

へと発展していく場合もあります。

その例として、人種差別や迫害があります。

特にナチス政権のユダヤ人への迫害は、内集団バイアスによる最も悲しい事件の一つであると言えるでしょう。

このように、人は仲間を優遇し、ときには属性の異なる他人を敵と見なしてしまう傾向があるのです。

内集団バイアスが強い人の特徴

内集団バイアスは多くの人が持っていますが、その強さには個人差があります。

内集団バイアスが強い人には、次のような特徴が見られます。

  • 自分のグループの人と、他のグループの人では接し方が変わる

  • 自分のグループのためなら、ある程度のモラルのない行動も実行できる

  • 自分のグループの人のミスは許せても、他のグループの同様のミスは許さない

  • 格下とみなしたグループを差別する

  • 自分のグループのメンバーには個性があると感じるが、他のグループのメンバーはみな同じに見える

例えば、日本人から見て、イタリア人がみな陽気だと感じるのは、この特徴を反映した結果と言えるでしょう。

発生メカニズム

内集団バイアスが発生する原因を見つけるために、今まで数多くの心理学者たちが研究行ってきました。

内集団バイアスの原因を説明している代表的な研究をご紹介します。

社会的アイデンティティ理論

人は、自分が所属するグループやその仲間が良い評価を受けると、同時に自分の自尊心も満たされる性質があります。

例えば、他人から自分の子供が褒められれば、自分も誇らしい気持ちになるでしょう。

そして、自分の子供を「よくやった!」と称賛し、さらに可愛がると思います。

このように、人は自分の所属グループや仲間がもっと良い評価を受けてほしいと望みます。

その願望が内集団ひいきや内集団バイアスを引き起こしているのです。

 

では、なぜこのように他人が褒められても、自分がうれしい気持ちになるのでしょうか?

それは、「社会的アイデンティティアイデンティティ:個性)」という考え方が影響しています。

社会的アイデンティティとは、自分が何らかのグループの一員であることを、自分の個性の一つとみなす考え方のことです。

例えば、

「私は東京都民です。」

「私は東大生です。」

「私は都庁に勤めています。」

などがそうです。

この考え方によって、所属グループやその仲間の価値が高まると、自分の価値も高くなったように感じるのです。

例えば、東京都民であることを個性の一つと考えている人は、他の人から「東京ってオシャレだよね」などと褒められると、自分も同じように褒められた気になるのです。

このように、グループに所属していること自体を自分の個性とみなす人にとっては、自分のグループが褒められれば、自分の自尊心も満足します。

そして、もっと自尊心を満たしたいから内集団バイアスを引き起こすのです。

◇ ポイント! ◇
上記のような考え方を、社会的アイデンティティ理論と言います。
この考えは、内集団バイアスを説明するための理論として、1979年に心理学者のタージフェルとターナーによって提唱されました。
参考文献:H. Tajfel, and J.C. Turner, An integrative theory of intergroup conflict. In: W.G. Austin and S. Worchel (Eds.), The social psychology of intergroup relations. Brooks/Cole., Monterey, 1979, pp. 33-47.

現実的利害対立理論

自分のグループが、別のグループと利害対立関係にあると、内集団バイアスが強くなることがあります。

具体例を挙げると、日本と韓国に政治的な対立が発生して関係が悪化すると、日本びいき&韓国敵視のような考えの人が増えてくると思います。

このような傾向は、特に限られた資源を奪い合う状況、つまりゼロサムゲームでより強まることが分かっています。

例えば、徴用工問題で、韓国の裁判所から日本の三菱重工の資産差し押さえ命令が出たときは、日本人の韓国への敵対意識はとても強まったのではないかと推測されます。

このように、自分のグループの利益が、他のグループに脅かされそうになると、それを守るために内集団バイアスが強まるのです。

◇ ポイント! ◇
上記の「現実的利害対立理論」は、1972年にレヴィンとキャンベルにより提唱され、グループ同士の対立を説明するための理論として活用されています。
参考文献:R.A. LeVine, and D.T. Campbell, Ethnocentrism: Theories of conflict, ethnic attitudes and group behavior, John Wily & Sons, New York, 1972.

集団協力ヒューリスティック仮説

「自分の善い行動がグループの仲間から報われて欲しい」と期待することが、内集団バイアスを発生させる要因なっている場合があります。

例えば、あなたが「職場の同僚から旅行のお土産をもらいたい」と思ったら、どう行動しますか?

それは、まず自分が旅行に行ったときにお土産を買ってきてあげればよいのです。

これはあなたも、自然と分かっていることでしょう。

このように、多くの人は、グループ内で仲間に奉仕することは、自分の利益となって返ってくるだろうと期待しています

一方で、他のグループの人へ奉仕は、自分の利益には繋がらないだろうと予想します。

この期待の差が、仲間へのひいき、つまり内集団バイアスとなって現れているのです。

◇ ポイント! ◇
上記のような考え方を、「集団協力ヒューリスティック仮説」と呼びます。
この理論は、北海道大学の山岸教授らによって提唱されました。
参考文献:T. Yamagishi, N. Jin, and T. Kiyonari, Bounded generalized reciprocity: Ingroup boasting and ingroup favoritism, Advances in Group Processes, 16 (1999), 161-197.

内集団バイアスの具体例

我々は社会で生活するうえで、なんらかのグループに属しています。

例えば、企業、学校、国家、自治体など、さまざまなものがあります。

そして、人は時と場合に応じて、特定のグループへの所属意識が高まり、内集団バイアスが発生します。

では、実際にどのようなグループで内集団バイアスが発生するか、見ていきましょう。

民間 VS 公務員

グループ内の利害が対立すると、内集団バイアスが強く現れる場合があります。

例えば、民間で働いている人の一部は、公務員に対してネガティブなイメージを持っています。

  • 公務員の仕事は楽だ
  • 定時になったらすぐ帰る
  • 税金の無駄遣いをしている

これは、公務員のお給料が国民の税金から支払われていることに起因すると考えられます。

つまり、民間人の「我々は公務員から税金という負担を強いられている」という被害者意識が、公務員への敵対的な態度となって現れているのです。

出身地が同じ

出身の都道府県が同じである場合も、内集団バイアスによるひいきが発生する場合があります。

例えば、大阪の出身者は、東京で頑張って働いている同じ大阪人を見かけると、つい応援したくなるそうです。

また、大学でも「県人会」と称して、出身県の同じ者同士が集まり、親睦を深めるという古くからのならわしもあります。

これらも内集団ひいきと言えるでしょう。

若者 VS 高齢者

内集団バイアスが強い人は、外のグループの人たちのことを「みな同じ」と考えてしまう傾向があります。

その結果、一部の高齢者は

「最近の若者はけしからん!」

と若者を一緒くたに扱ってしまいます。

逆に一部の若者は、「老害」という高齢者をけなすような言葉を用いて、反抗する人もいます。

このように、内集団バイアスによって、世代間対立が生じていると言えるでしょう。

同じ大学の卒業生

社会人になると、同じ大学の卒業生というグループが、心理的な線引きとなる場合があります。

例えば、採用面接のときに面接官が同じ大学の出身者を無意識に優遇したり、新人研修のときに先輩社員が同じ大学の後輩社員の面倒見が良かったりするケースがあります。

現在は、すでに大学を卒業してしまっているにも関わらず、過去同じ大学に通っていたという境遇が、日本社会では大きな意味を持っていると言えるでしょう。

外国人に日本の良いところをインタビューするTV番組

内集団バイアスは愛国心を強めるとも言われています。

参考文献:R. Kosterman, and S. Feshbach, Toward a measure of patriotic and nationalistic attitudes, Political Psychology, 10 (1989), 257-274.

これは、自分のグループへの愛着が強まったり、優越性を示したいと思ったりするからです。

例えば、日本人のイイところを強調するようなテレビ番組が最近見受けられます。

このような番組では、外国人にインタビューして、日本人のすごさを聞き出しています。

これによって、日本人のグループの優越欲を満たし、愛国心を強めているのではないでしょうか。

内集団バイアスの克服法

内集団バイアスは、さまざまなデメリットを生む可能性があります。

例えば、グループのメンバーは、いかに他グループより優位に立つかを考えてしまう傾向があります。

つまり、グループのメンバーは、自分のグループの絶対的利益よりも、他グループとの相対的利益を重視してしまうのです。

この傾向は、自分のグループの利益が少なくなっても、優位に立つことを優先してしまうようです。

このように、合理的に考えれば得られるはずの利益が、他グループに勝ちたいという欲望のせいで、本来より少なくなってしまうのです。

では、内集団バイアスはどうすれば克服できるのでしょうか?

上位グループを作る

2つのグループが対立しているときは、そのグループを包括するような上位のグループを形成することにより内集団バイアスを抑制することができます。

参考文献:S.L. Gaertner, and J.F. Dovidio, Reducing intergroup bias: The common ingroup identity model, The Psycholgy Press, Philadelphia, 2000.

例えば、化学メーカーで開発部と研究部の仲が悪いのならば、研究開発部として部署をまとめてしまえば、わだかまりも小さくなる可能性があります。

要するに、内集団バイアスは自分のグループメンバーに対して働くので、自分のグループの認識を広げてしまえばよいということです。

達成困難な目標を与える

2つのグループが対立している場合、ただ協力させるだけでは仲良くならないことが分かっています。

しかし、2つのグループに協力しないと達成できないような困難な目標を与えることによって仲間意識が強まると言われています。

参考文献:M. Sherif, O.J. Harvey, B.J. White, R.W. Hood, and C.W. The robbers cave experiment: Sherif, Intergroup conflict and cooperation, Wesleyan University Press, Middletown, 1961.

例えば、ある高校で女子グループと男子グループの仲が悪いのならば、「学園祭の出し物で1位を獲る」という目標を与えれば、その過程で徐々に仲良くなっていきます。

このように、上位目標を与えることで、内集団バイアスを軽減させることもできるのです。

相手をよく知る

偏見が強まると、内集団バイアスに陥ることがあります。

これは、相手のことをあまり分かっていないからです。

例えば、地方に住んでいる人は、

  • 東京は怖い
  • 東京の人は冷たい

などの悪いイメージを持っている場合があります。

これを克服するためには、相手のグループの情報を得る必要があります。

相手を知ることによって「実はこうだったんだ」と勘違いを解消させることができます。

その結果、外集団への敵対的意識を減らし、内集団バイアスを抑制することができるでしょう。

まとめ

いかがでしたでしょうか?

本記事では、内集団バイアスについていくつかの文献をまとめてみました。

要点は以下のとおりです。

◇ 内集団バイアスの定義 ◇
自分が所属するグループ(内集団)の人を優遇する心理傾向
◇ 起こる原因 ◇
自分の自尊心が満たされるから(社会的アイデンティティ理論)
自分のグループの利益を失いたくないから(現実的利害対立理論)
仲間から報われたいと期待するため(集団協力ヒューリスティック仮説)
◇ 克服法 ◇
2つのグループを括る上位グループを作る
2つのグループに共通の困難な目標を与える
相手のグループをよく知る

 

最後までお付き合いいただきまして、感謝いたします。